玄関へ本棚へ


ヤオヨロヅ物語
第三話・後編 〜R‐2nd:偏った記憶パーシャル・メモリ
作:天爛

まだ読んでない方は『第三話・前編 〜2nd:文学少女リテラチャー・メイデン』からどうぞなのです。

そして、後編を途中中断した方はこちらからどうぞ。


「で、どうだった?」

 あくる日、部室に来てすぐ爛さんに放たれた疑問に、何の事だかさっぱり思い付かなかった僕は逆に聞き返した。

「……えと、何の事がですが?」
「折角女の子の体になったんだからムフフな事したと思うんだけど」
「はい? ムフフな事って?」

 別にとぼけているつもりはない。本当に思いあたらないんだ。

「……も、もしかしてお風呂に入らず、着替えもしてないとか言わないでしょうね?」

 そう言って少し身じろぐ爛さん。

「いいませんよ。ちゃんと風呂にも入りましたし、この服も洗濯して乾燥機かけて……、他に合うサイズの服なんかないから大変だったんですよ?」

ホントに何もなかったですよ?  ちなみに僕は今、爛さんの服装変化呪文《クロース・アップ》で手に入れた黎稜中学の制服(新しい方)を着ている。
 もちろん、微妙に凝り性な爛さんの仕事だ。下着もそれなりの物に変化している。
 とは言ってもブラではなく普通のシャツだったりするけど。

「なら、あったでしょ? お風呂や着替えの時に嬉し辱しな出来事、いわゆる『お・や・く・そ・く・(ハート)』が」

 『(ハート)』に『かっこはあと』と読み仮名を打って爛さんは抗議(?)する。
 けど、お風呂? 着替え? そう言われても全く心辺りのない僕に思い浮かぶ筈もなく。
 嘘をついても分かるのよ、とばかりに僕の眼を覗き込む爛さんも気になるのけれども……

「ホントに何もなかったですよ?」
「……ファイナルアンサー?」
「ファ、ファイナルアンサー」





 僕がそう答えた途端、

 沈黙が世界を支配した……。


 体感時間1時間、

 しかし実質30秒にも満たないその沈黙に、

 何も悪い事をしてない筈の僕も

 つい緊張を走らせてしまう。


 ただひとつ言える事、

 それは、

 目をそらしたら負け。


 何に負けるのかは分からないけど。





「はぁ〜」

 ため息ひとつ。結局、折れたのは爛さんの方だった。

「もういいわ。ゼロに訊く」

 折れた。とは言っても僕から訊き出すことを諦めただけらしい。

「と言うわけで、ゼロ。ちゃっちゃと吐きなさい」

 知っている人は知っているかも知れないけど、なんでも『ゼロ』と言うのは僕の守護霊のことだ。
 爛さんや光輝には声が聞こえるけど、僕には聞こえない。聞こえないと思ってるから聞こえないのよ、と爛さんには言われるけど、聞こえないものは聞こえないんだからしょうがない。
 と言うわけでタブルクォーテーション(“”)で囲まれている台詞は僕には聞こえない守護霊の声なんで、そこんとこよろしく。
 あっ、なぜタブルクォーテーションて囲まれているのが分かるのかとかいう突っ込みはナシで、お願い。

“いや、吐けと言われても……”
「ヤオを庇って誤魔化そうとしても駄目よ? ヤオには人権はないんだから」
「爛さん、なんか知らないけどそれひどいです」

 たまに掲示板などで見る『orz』のポーズでへたり込んでみる。

“庇ってるわけじゃなく本当に何もしてなかったんだが”
「マジで?」
“『本気』と書いて『マジ』と読ますぐらいマジで。逆にこっちがこっ恥ずかしくなって逃げ出すぐらい正々堂々としてたぞ?”
「……あたしが、こんなナリだからって誤魔化しているんじゃないでしょうね?」
“ないない。つうか、誤魔化されてるのか?”
「『爛ちゃんにはまだ早いから大きくなったらね』ってな感じでね」
“あぁ〜、納得”
「あたしはこう見えても公証17歳よ? いつまでも7歳児扱いするんじゃねぇっと、あたしは言いたい」

 いきなり手をグーにして爛さんが主張する。
“魔法で大きくはなれないのか? 入学式の日に光輝にかけた魔法の応用とかで出来そうだが……”
 『ゼロ』がそう尋ねた途端(いや、しつこい様だけど僕には聞こえないんだけどね?)、沈黙が世界を支配した……。
 30秒にも満たない沈黙。その意味を現状が把握できていない僕なんかにわかる筈はなく。
 ただひとつ言える事、それは爛さんが固まっていると言う事。もちろんその理由にはさっぱり見当も付かないけれど。
 とにかく、しばらくその状態が続いたかと思うと、爛さんは不意に視線を遠くに向けてまるで現実逃避をするようにぼそっと呟いた。

「…………そう言えば、光輝遅いわね」
“ちょっ、なに? その無理やり話を逸らしましたって言う雰囲気バリバリの間はっ?!”

 爛さんのその呟きに、そう言えば伝え忘れてたなと思い、言葉を返す。

「あっ、光輝ならなんか図書室に寄ってから来るって言ってましたよ」

 そう僕が答えるタイミングを見計らったかのように部室のドアが開いた。間違いない光輝だ。

「うわさをすれば影、の様ね」
「……ですね」

 僕と爛さんはなんとなく顔を見合わせ、それを見た光輝から疑問の声が上がる。

「なんや? どうしたんや?」
「ううん、なんでもない」

 そう僕が答えると、些細なことだろうと納得はしてくれたのか追随はしなかった。

「まあ、それならいいんやけど。ねぇやん、八百万。あっ、おまけで零。あんじょう待たせたな」
“オマケかよっ”
「まあ、待ったのは良いけど図書室でなにしてたのよ」
「もうちょい、裏付け捜査しとこう思うてな。本館はんに会いに行ってたんや」
「へぇ、なんか収穫あったの?」
「まあ、ぼちぼちやな」

◆◇◆◇◆

「さてっと、メンツも揃った事だし、答え合わせしよっか」
「……答え合わせ?」
「きのう帰り際に言ったでしょ? ヤオがその姿になった理由に考えてくるようにって」
「あっ……」
「忘れてたなんて言わないわよね?」
「うぐぅ」

 爛さんのじと目に耐えられなくなり、取り敢えず言い訳を口にしてみる。するだけ無駄なのは判っているけど。

「いや、あの、昨日借りた本になんかヒントないかなぁって読んでたら、ついハマってしまって朝まで……」
「なんや、それで今日はあんなに眠たそうにしとったんかいな」
「うん」

 タイミングよく欠伸が出たので、目に溜まった涙を軽くぬぐう。

「はぁ、もういいわ。次、ゼロ」
“えっ?! 俺もか!?”
「もち、ふしけんの名誉会員なんだから当たり前でしょ?」
“いや、名誉会員つう話さえ初めて聞いたんだが?”
「あれっ、そうだっけ? んじゃあ、今日から名誉会員ね」
“名誉会員はいいけどさ、答えなんて考えてねえぞ。俺は”
「ん〜、まあ、それなら仕方ないわ。んじゃ、次、光輝 ―― と言いたい所なんだけど……、あんたは自信ありそうね」
「ん、99パーセント間違いないと思うとる」
「やっぱり。ん〜、ぢつはあたしの方はまだ辻褄があわない点があるのよね……」
「それって『八百万に憑いてるのは誰か』と、『手紙の届け先』やろ?」
「そうそれ」

 爛さんは机の上に並べてあったジュースを一口、口を付けて一拍置くと言葉を続けた。

「でもあんたはそれも解明が出来てるんでしょ?」
「正解かかどうかはともかく、辻褄はあってるはずや」
「んじゃあ、やっぱりあたしから発表した方がよさそうね」

◆◇◆◇◆

「まずは、ヤオの夢に出てきた例の二人。ずばり図書室で本を読んでたのが『新谷文一』、ユニフォームで駆け込んできたのが『妹尾章』で間違いないでしょ」
「えっ、で、でもそれだと性別があべこべになるんじゃないですか」
「ふぅ。ヤオ、あんた分かってないでしょ」

 爛さんはため息をひとつ吐き、僕の方に顔を向ける。

「えっ?」
「あんた、二人はそっくりだったって言ってたわよね?」
「はい」
「じゃあ、どうやって第二次成長期入ったかどうかの酷似した中学生の男女をあんたは何で見分けた訳?」
「え〜と……、服装と呼び名、それと話し方ですけど」
「でしょ? なら、もし服装が逆だったら?」

 そう言われ、頭の中で夢に出てきた二人の服装を入れ替えてみる。

「……あれ?」

 服装さえ入れ替えれば、本を読んでいたのが男子で飛び込んで来たのが女子だとしてもおかしくない。
 バスケのユニフォームを着て図書室で本を読んでいるのはちょっと変だけど、それ以外は問題無い気がする。

「やっと気付いたようね。そ、呼び名にしても話し方にしても性別が入れ替わった所で普通に有り得る範疇だわ。確かに珍しいのは認めるけど」
「そうですよね」
「で、服を入れ替えてたと仮定することで辻褄があってくる事が何個があるのよ。例えば図書委員の子が『フミ』を『妹尾さん』と呼んだ事ね」
「そうか、その図書委員の子が声を掛けられた方を『妹尾章』、寝てる方を『新谷文一』だと思っていたから……」
「そう言うこと。図書委員が去った後で二人が『フミ』『アキラ』って呼びあったからあたし達は『妹尾』が『フミ』の、『新谷』が『アキラ』の苗字って勘違いしちゃったけどね」
「でも何でそんな事を……」
「たぶん、『アキラ』がどうしてもバスケ部に入りたかったとかじゃないかしら? て言うか、そう思ったからわざわざ女子バスケ部があるかを調べたんでしょ? あんたは」

 最後の『あんたは』は光輝に向けて。で、不意に話を振られた側の光輝は、振られると予想していたらしく平然として答える。

「ああ、そやで」
「やっぱり。で、『アキラ』が『文一』になってバスケ部に参加している間、もう一人『文一』が存在するとややこしくなるから、かわりに『フミ』が『章』になっていたってトコね」
「あっ、そうか。だから『フミ』が先に着替えに戻ったんだ」
「そ、『フミ』が本来の男子の制服に着替えた後に、『アキラ』が『フミ』が脱いだ女子の制服に着替えていたのよ」

◆◇◆◇◆

「ここまではいいとして、問題はヤオが借りた本に挟まっていた手紙ね」
「あっ、これですね」

 そう言って、僕は鞄から件の手紙を取り出し、『親愛なる片割れへ』と言う文字が書かれている封筒の表側を上にして机の上に置いた。
 ついでに言うと中身を見ればなんか分かったのかも知れないけど、それはしていない。勝手に見るのはよろしくない。そう思ったから。

「そう、これ」

 爛さんは手紙を手に取るとひらひらと振ってみせた。

「ヤオに憑いてる子は、この手紙を届くべき所に届けて欲しいからヤオに憑いたんだと思う」

 こくん。僕はうなづく。

「で、その『届けて欲しいと思う人物』が『夢でこの手紙を書いた人物』と同一人物だと思うの。可能性があるのが『妹尾章』と『新谷文一』の二人しかいない以上、第三者は無いだろうし」

 何の気なしに光輝の方を見ると完璧なポーカーフェイスを決めこんていた。と言うことは爛さんのこの推理はどこか間違っているのかも。
 まあ、僕にはどこがおかしいのかすら解らないんだけど。

「そう考えると『妹尾章』って子の方になるんだけど……」
「ですね。実際に僕の体も女性、つまり彼女の姿になってるようですし」
「けど、もうひとつ現実として『妹尾章』は生きている。1年の現国教師としてね」
「あっ ―― 」

 そうだ。そう言えば昨日光輝がしていた話だと、夢で出てきた二人のうち片方はウチの学校で、教師をしているって言っていた。
 で、ウチの学校には『妹尾』もしくは『新谷』と言う教師は1年現国の妹尾先生しかいない。つまり、妹尾先生の事で間違いないはず。
 そして、妹尾先生こと『妹尾章』が生きている以上、僕にと『妹尾章』が憑いてるはずはない。
 僕の表情から考えを読み取ったのか、爛さんが言葉を続けた。

「そう、生きてる人物がヤオに憑く事はありえない。生霊や残留思念つう可能性もあるけどその程度の霊格だったらゼロがとっくに祓ってるだろうし」
“おうよ。八百万が生まれてから16年間、ずっと守ってきたんだ。それぐらいお茶の子さいさいだぜ?”
「でしょうね。まあ、でも、仮に妹尾先生の生霊や残留思念だとしても、既に死んでる『フミ』に手紙渡すなんてできないし……。つう事で、あたしはここでお手上げ」

 そう言って両手を上げてお手上げのポーズをする爛さん。そして、光輝の方に目を向けると一言。

「てな訳だから、ここからは光輝のターンって事かしら」
「了解や」

 そして、光輝は軽くそう答えて爛さんの推理を受け継ぎ言葉を続けた。

「まず、夢に関してやけど、これは爛ねえやんと同じ意見やから省略するで?」
「うん」「いいわよ」“いいぜ”

 僕と爛さんがほぼ同時に返事をした。……僕の守護霊もらしいけど僕には聞こえないから。

「次は『ヤオに憑いているのは誰か』や。これが話をややこしくしているんやけど、取り敢えず保留や。で、先に『手紙を誰に渡すか』。これ解決するで?」

 こくん。僕は無言で頷いた。

「この手紙の送り主は疑うことなくアキラや。八百万の見た夢が嘘なら別やけど、わざわざ嘘の夢を見せる必要性ないから、間違いない。で、この手紙が読みかけた本の中と言うフミが見つける可能性が高い場所に隠された点から考えて、届け先がフミってのも間違いないやろ」
「で、でもそれは爛さんが ―― 」

 僕が『矛盾があるといっていた』と続きを言う前に、その言葉は光輝によって中断された。

「まあ、待ちや。矛盾は取り敢えず置いとくとして今はまだ仮定の話や。多少の矛盾は無視していこ。だいだい推理ちゅうのは簡単に可能性を見限るもんやないからな」
「う、うん」

 そう言われて僕は取り敢えず疑問を収めた。

「で、や。もしフミが生きていたとすればどや?」
「どやって、そんなのありえな ―― 」
「ほんまにそうやろか。推理に固定概念は禁物やで」
「えっ?」

 僕の疑問の声をあげると同時に爛さんがボムッと手を叩いて口を開く。

「あっそか。つまり死んだのはフミじゃなくてアキラ。そういう事ね」
「そや」
「えっ、ちょっと待ってよ。光輝も昨日はフミが死んだって ―― 」
「言ってないわよ」

 僕の問いかけを奪うように答えたのは爛さんだった。

「えっ?」
「だから言ってないの。よく思い出しなさい。昨日コーキが言った言葉を」

 えっと、確か昨日、光輝は『二人での下校時に事故に遭い一方は死亡、もう一方も……』って、あれ? どちらが死んだとは言ってない?

「そや、わいは一言たりとも言ってないで」

 そういう光輝の口元ににやりと言う笑みが浮かんでいた。

「なら初めからそう言ってくれればよかったのに」
「それじゃ、面白くないじゃない」
「ん〜、それになんちゅうか。確かに書類上では死んだのはフミの方やねん」
「えっ?」
「そう死んだのはフミ。でも、実際はフミは死んでないとワイは考えとる。それはなぜか。簡単や、そうやないと『この手紙を相手に届ける』って大前提が解決でけへんからな」
「でも、どうやって」
「ま、いろいろ考えられるわな。例えば、事故の衝撃でフミの魂がアキラの体に入り玉突き事故的に追い出されたアキラが死亡しとるとか」
「そんなオカルトな事ありえないんじゃ ―― 」
「あんた、ふしけん部員でありながらこの天才美女魔法使いの目の前でよく言えるわね……」

 僕が思わず言ってしまった言葉に、爛さんが反応し不平を零した。

「あっ、す、すいません……」
“つか、美女つうより微女、いや微小じ ―― ”

 不意に寒気がした。 その原因は態度の豹変した爛さんで。

「……痛い目を見たいのかなぁ」

 僕の台詞が逆鱗に触れてしまったのか、引きつった笑みで途轍もない怒気を放っている。

“うぐっ。は、早まったか……”
「今更、謝ったところで許さないわよ?」
“お、俺は甘んじて仕返しを受けるが、もし八百万にまで手を出したらこっちもただじゃすまさねぇからな”
「ふっふっふっ、やれるもんならやってみなさい。ゼロっ」
“おう、もしその時が来たらやってやらぁ”

 ど、どうやら、怒気が向いてるのは僕にではなく、守護霊に対してというのはわかった。けど、やっぱり睨まれてるのは僕な訳で……
 冷や汗だらり。

「こ、光輝」

 耐え切れず光輝に助けを求めてみる。

「はぁ、しゃあない。このままじゃ埒あかんし、二人は置いといて話を進めよか」
「う、うん」

 ど、どうにか頷いたものの、やっぱり僕の背中(の守護霊)に向かって放たれる怒気を無視しきれるずぶどさは僕にはないのであった。

◆◇◆◇◆

「一応、オカルト抜きでも説明は出来るで? ……ややっこいけど」

 光輝は爛さんの放つ怒気なんかないかのようになに食わぬ顔で話し始めた。

「や、ややこしい?」

 対する僕はその怒気に少しどころかだいぶ気圧されている。

「そや。しかも仮定だらけの説やからな。当たっている確立はそう高くない。それでも聞くか?」
「う ―― 」

 僕が頷き返そうとしたその時

「ふ〜ん、面白そうねぇ」
「うわぁ」

 いきなり割って入ってきた爛さんに思わず心臓が飛び出そうになった。

「び、びっくりさせないでくださいよ」
「んな事より、さっさと続き続き♪」

 僕の抗議もどこ吹く風。爛さんは光輝に続きを促す。
 使い方間違ってるのはわかっているけど、文字通り『好奇心は猫をも殺す』の如く、爛さんの怒りは光輝の推理への興味によって吹き飛ばされてしまったらしい。
 まあ、お陰でついさっきまで浴びせられていた怒気もなくなり、僕も一安心だからなにも言うまい。

“お、俺の怒りはどこへぶつければ……”
「まあ、八百万に迷惑掛からへんようになっただけ良しとしとき」
“……だな”
「そんなことより、推理よ推理。さあ、オカルト以外で『フミ』を生かす方法をちゃっちゃと吐きなさいっ」
「へいへい。事故で『アキラ』が死に『フミ』が入院。入院のゴタゴタに紛れて『フミ』が自分が『アキラ』と偽ったら、問題ないやろ」
「でも、それって10年以上もバレない物なのかな……? 性別とか違うんだし」
「『フミ』が女性型仮性半陰陽 ―― つまり、女性遺伝子を持ちながら男性として生まれて来るちゅう奴やな ―― で、事故のときにそれが判明したと仮定したらどや」
「それでも血液型とか遺伝子とかを調べれば……」
「血液型はともかく遺伝子を調べることはそうそうないやろけど、それに関しても無理やり説明しようとしたら説明できるで?」
 そこまで言って一旦飲み物に口をつける。
「例えばや、あの二人が生き別れの一卵性双生児なら遺伝子もほぼ同じになるやろ? あんだけ似てるんやから可能性ない筈はないで?」
「あっ、そっか。 ってあれ? 一卵性双生児なら性別が同じじゃないとおかしいんじゃない?」
「仮性半陰陽ってのは外部刺激、具体的にいうと母体から摂取される男性ホルモンの分泌異常によって引き起こされる障害や。やから、まったく同じ遺伝子やったとしても片方だけが影響受けてもう片方は受けへんかったのなら一方だけ仮性半陰陽になる可能性は十分にあるで」
「へ、へぇ」
「それと一卵性やなくてもアキラの方が男性型仮性半陰陽だったとしたら、本来アキラが受けるべき男性ホルモンの影響をフミが代わりに受けてしまったちゅう事も想像できるわな?」
「そ、そうだね」

 正直言うとよく分かってなかったり。

「とまあ、どれもこれもこじつけに近いもんがあるから、ホントの所は当事者である妹尾センセーに訊かなわからへんねんけどな」
「ふ〜ん。って、じゃあ、もしかしたら最初から妹尾先生に訊けば手っ取り早かったんじゃ?」

 僕のその疑問には、光輝ではなく爛さんが答える。
「それもそうだけど、それじゃあ面白くないじゃない」
「面白くないって、そんな簡単に……」
「じゃあ、とっとと答え合わせに行くわよ」
「やな。どうせ、きのう解散する前に聞いた情報で推理できるのはここまでやしな」

◆◇◆◇◆

※一旦、休憩して戻る

◆◇◆◇◆

 結局、光輝の推理(過程は不明やけど妹尾センセーがフミに間違いあらへん)を信じてこの手紙を渡す相手は妹尾先生だということなり、その妹尾先生を図書室に呼び出して手紙を渡すこととなった。
 いまは光輝は先生を呼びに行き、爛さんは適当に本を見繕って読んでいる。
 そして僕はと言うと、いきなり出て先生を驚かさないように物影に身を潜ませて、様子を窺っている。
 ちょっとしたドッキリを仕掛けているようでわくわくする。

 5分後。先生は来ない……。
 することも無くぼ〜としているとふと『僕に取り憑いてるのは誰か』というのはまだ聞いてなかった事に気付いた。
 ……まあ、消去法で残った『妹尾章』が憑いてるってことで間違いないんだろうけど。

「あの」

 いきなり背後から声を掛けられて僕はビクッと身を竦ませる。
 後ろを振り向くとそこには本館さんの姿が。

「い、いつの間に……」

 確か僕たちが来たときには誰もいなかったはずなのに。

「あっ、私はここのモノですから」

 微笑みながら本館さんはそう切り返す。

「……モノ?」

 僕のその呟きを聞き、言ってはいけないことをいってしまったと勘違いしたのか本館さんが慌てて言い訳をするけど

「あっ、えと、モノ、モノ、モノトリ、ってそれじゃ泥棒だから、モノトリじゃなくって、えと、私は、えと、あっ、あの窓っ、あの窓から来たんです。ってここ三階だし、あっ、ま、窓からじゃなくて本当は司書室の方から入って、って司書室は行き止まりで、えと、そ、そう、司書室からってのも本当は嘘で本当はあの本棚っ、あの本棚の一冊をガコンとすると棚が動いて後ろに隠し通路が、って、あそこは秘密基地で行き止まりだから、え〜と、ほかには、え〜と、え〜と……」

 しどろもどろで、取りあえず最後の秘密基地に関しては流した方がいいのかなとか思ったりして。
 あっ、そろそろ言い訳を中断させないと先生が来てしまうかな。

「あの、爛さんから聞いてるから。本館さんのこと」

 そう、本館さんは普通の人間じゃなくこの図書室に由来する付喪神(つくもがみ)なのだと爛さんが言っていた。
 要するにこの図書館に住んでいる妖怪ようなものだから、いつ現れてもおかしくはない訳。

「そうだったんですか。……あの、ほかの生徒さんには秘密にしといてくださいね? 幽霊が出るって噂になって来る人が減ったら嫌なので」

 もう既に七不思議になる程有名だとは言えないよねぇ、と言うことで取り敢えず頷いておく。

「うん、わかった」

 僕を返事を聞いてほっとしたのか少し笑みを浮かべたあと、ごほんっと咳払いした本館さんは神妙な顔つきで僕に問い掛ける。

「で、こんなところで何してるんですか? 事と場合によれば ―― 」
「えと、昨日本館さんに薦められた本の中に手紙が挟まっていたんだけど、今からその相手と思しき人物と接触する手筈になってるんだ」
「あっ、そうなんですかぁ」
「で、僕が顔出すとややこしくなるから、ここで待機してたんだけど……、もしかしてここに居たら迷惑?」
「いえ、そんなことはないですけど、……じゃあ交換条件です。私もご一緒させてください」

 元はといえば本館さんがきっかけの様なものだから、同席してもらっても問題ないよね?
 そう判断し、僕は了承の返事を返した。
 

◆◇◆◇◆

 さらに2〜3分たって……

「こないね」
「こないですね」

「……そういえば、本館さんってどんなこと出来るの?」
「はい?」
「いや、例えばいま僕に見えるようにしているのって本館さんの力だよね?」
「あっ、はい。そうですよ。いうなれば実体化、というか人化ですね」
「やっぱりそうなんだ。でさ、爛さんから本館さんは付喪神でも高位に当たるって聞いたんだけど、他にどんな事が出来るのかなぁって、ふと思って」

 言葉を取りまとめた本を更に管理する図書室の付喪神 ―― 詰まる所、言霊という言葉の『魂』を管理し、更に『神』を冠しているモノが霊格が低い訳がない。と言うのが爛さんの持論らしい。
 何でも擬似的にも神クラスの力があるとかないとか。

「えと、ですねぇ。悪い人を本の中に閉じ込めたり、本の記憶を人に見せたりできます。あと、本とか物語の登場人物を現実世界に呼び出したり……と言っても幽霊みたいなもので普通の人には見えないんですけどね」
「へぇ〜」
「そう言えば、今日、天国さんにも同じこと ―― 」

 本館さんの言葉を遮るように駆けて来る音が聞こえた。たぶん妹尾先生だ。
 本館さんの言葉が途中だったけど、僕たちはそのまま息を潜めて、先生が入ってくるのを待った。

  ―― タッ、タッ、タッ、タッ、ガシャッ

 勢いよくドアが開く。下校時間も近くなった、夕暮れ時の事だった。

「待たせたな、天津。何のようだ?」

 声を駆けられた爛さんは、読みかけの本から目を離し、駆け込んできた人物 ―― 妹尾先生に笑みを返した。

「先生、『図書室はお静かに』でしょ?」

 それを聞いた先生は、一瞬目を丸くし、何かを振り払うかのように軽く頭を振った。
 あれっ、この場面どこかで見た気が……。
 あっ、そうか。一番最初の夢、図書室に駆け込んできたアキラと本を読んで待っていたフミ。
 あの場面にそっくりなんだ。

「どうしたの。先生?」
「いや、たいぶ前によく言ったなって思ってな。お前のいま言った言葉」
「へぇ〜、そうなの。あたしはてっきり言われた方だと思ったんだけど」

 そう、『言われた』ではなく『言った』。
 つまり、『アキラ』ではなく『フミ』の方だということ。

「あっ、あぁ、そうそう、そういえばそうだった。うん、言い間違いだよ、言い間違い」

 先生は少し間をおき、話題転換をする。

「そ、そう言えばなんのようだ? わざわざここに呼びだした事と関係あるのか?」
「まあ、ちょっと会わせたい人物がいてね」

 にしても、爛さん。
 先生相手でも普段僕らと喋る様な言い方をしている。
 多分誰に対してもそうなんだろうけど全くもって爛さんらしい。

「は? おいおい、もしかして告白か? それならパスだ。俺は誰ともつき会わないと決めているからな」
「大丈夫よ、告白じゃないから。会って損はさせないわ。……ヤオ、出てきていいわよ」

 声を掛けられた僕は爛さん達がいる方へと出て行くと妹尾先生の前に立ち、一礼をした。
 先生はそんな僕を見、思わず素に戻り呟く。

「……えっ、アキラ? なんで? それもあの時の姿のまま……」

 見開かれた目はさっき以上に丸かった。

「その説明はこれからするさかい。とりあえず落ち着きや」

 いつの間に戻って来てたのか、光輝が説明を申し出た。

◆◇◆◇◆

「と言うわけや。」

 光輝の説明を聞き、それでも納得いかないと言う顔で先生が呟く。

「……ホントに神宿なのか?」
「はい。信じられないとは思いますけど、間違いなく神宿八百万です」
「そうか……。信じるよ。今聞いた夢の話は確かに昔あったことだし……」

 少し残念そうな表情で、そう呟いた。

「ま、そんな事より聞きたいことあるねんけど、あんさんはフミ、つまり新谷文一でいいんやな?」
「あぁ、当に呼ばれなくなった名前だけど、確かにそう呼ばれていた」
「でも今は『妹尾章』を名乗ってる。なんでや? 教えてくれへんやろか」
「どこから言えばいいのかな……」
「どっからでも。言いやすい所からでいいんやない?」

◆◇◆◇◆

「そうだなぁ。始めてアキラとあったのは小学生中学年の頃。転向生が僕にそっくりだと言う事を聞いてね。その転校生を隣のクラスまで見に行ったのがきっかけだった。ひと目でピンと来たよ。こいつは僕の片割れだってね。後で聞いたところアキラもそうだったらしい」

 妹尾先生 ―― いや、新谷先生と言うべきかもだけど ―― は一息ついて言葉を続けた。

「それから二人で良くつるむ様になったんだ。二度目の対面でいきなり女装させられたのも今ではいい思い出だよ」

 懐かしむかのように遠くを見つめ一息。

「懐かしむのは後でいいから。ちゃっちゃと言って」

 そんな先生を爛さんが急かした。

「あれは、中学の部活勧誘が始まった頃かな? アキラにバスケ部に入りたいから部活の時間だけ入れ替わって欲しいと頼まれたんだ。正直ちょっと悩んだよ。今はまだ違いがない体格をしてたけど、僕らはもう中学生だ。いつ第二次成長が始まるか解らないってね。まあ、結局の所は僕がアキラに勝てるはずなく、第二次成長が始まるまでと言う約束になったんだけれども」
「と言う事はやっぱり図書室では入れ替わってたんやな」
「そう」

 先生はその問いに頷く。

「で、そんな日常が数日続き、事故に遭う前日、僕はとうとうアキラに告白したんだ。アキラは困った顔をして返事は待ってくれと言ったけど、結局、返事は聞くことは出来なかった。けど、翌日アキラが普段どおりに接してくれたのは嬉しかったな」

 そこで人心地ついた先生はやっと本題へと入って行った。

「その帰り道で事故に遭って。次に気がついたのはそれから2日後の事だった。驚いたよ。みんなが、僕の事を『アキラ』って呼ぶんだから。最初、意味がわからなかった。でも、意識がはっきりしてくるうちに自分が女の子になっている事に気付いて、ほっとした。だって、僕が女の子になっているならアキラと間違えるのはしょうがない。そう思ったんだけど、そこまで、考えてはっとしたんだ。みんなが僕の事をアキラと言う。なら、本物のアキラはどうしてるのかってね」

 ごくり。思わず息をのむ。

「僕がおそるそる『連れはどうなったのか』と尋ねると医師の答えはこうだった。『一緒に運ばれてきた男の子の方は即死に近い形で死んだ』と。『即死』の一言で頭の中が真っ白になってしまったよ。でも、落ち着いて来て次に『男の子』と言うのが引っかかった。医師がアキラを男と間違えたのかと思ったりもしたけどそれはありえそうにない。なら赤の他人と間違っている? だと嬉しいとは思ったけど、周りの人たちの雰囲気がそうではないと言っていた。で、結局行きついたのが ―― 」
「あんさんとアキラが入れ代わり、そのままアキラが『新谷文一』として死亡した、やな」

 こくり、先生はうなづく。

「まあ、とにかく僕は事故にあってこの方、『新谷文一』ではなく『妹尾章』として生きてきた。死んだアキラの代わりとしてね。それにしてもアキラからの返事を聞けないままなのか残念だ……。なぁ、天津。おまえ、『ふしけん』だっけか、不老不死研究会の会長なんだろ? アキラを蘇らせないか?」
「……それは出来ないわ。仮にそれが出来るなら ―― 」

 そこまで言って爛さんは唇をぐっとかみ締めると、蚊の鳴く様な小さな声で呟いた。
 あたしも『ふしけん』を作っていない。と。
 爛さんのその様子に何を思ったのか先生は茶を濁すように呟いた。

「……なんてな。冗談だ」
「それにうちは不思議事象研究同好会よ」

 それに乗って、爛さんもおちゃらけて見せたのだった。

◆◇◆◇◆

 妹尾章からの告白の返事か……。
 って、あれ? もしかしてあの手紙に書いてあるんじゃないのかな。
 そう思いつき、先生に言おうと思ったその矢先、本館さんに先を越されてしまった。

「アキラくんならちゃんと返事してますよ。それから逃げてたのはフミちゃん。貴方の方ですよ?」
「えっ……」

 本館さんの急な物言いに先生が固まった。

「……この子の事、覚えてます?」

 本館さんが持っていたのは、きのう僕が借りさせられたあの本。
 一体いつの間に持って来たんだろう。

「その本は確かあの日の……」
「良かった。覚えてくれていたんですね」

 こくりと先生がうなづいた。

「そう。この子は最後に図書室に来たあの日、あなたが読んでいた本です。この子だってあなたに続きを読んで貰いたくてずっと、ずっと、ず〜っと待ってたんですよ? だって、そうじゃないとアキラくんから預かった手紙を届けられないから……」
「て、手紙?」

 先生は本館さんからその本をひったくる様に受け取り、パラパラとページをめくる。
 そして、そのまま最後のページまで行って、再度始めからめくり直す。
 それを何度か繰り返した後……

「あの、ない……」
「えっ?」

 先生の言葉に本館さんが固まった。
 しばしの沈黙。

 あっ、そう言えば手紙は本から取り出して、いま僕のポケットの中だ。

“をひっ!”
「先生、あの、その手紙だけど、ここに……」

 僕は手紙を取り出し、先生に差し出した。
 なんか本館さんが怨めしそうに見ているのは気の所為、だよね。
 あははは。心の中の乾いた笑いで誤魔化しつつ、遠くを見て頬をポリポリ。
 本館さん、ごめん。

「……神宿。もしかして中身見たか?」
「見てません。確かに気にはなりましたけど、なんか気が引けたので」
「そうか、よかった」

 そう一言だけ返して、受け取った手紙の中にあった一枚の便箋に目を落した。
 そして、読み進める毎に目が見開かれて行き、最後は一言。

「ウソだろ?」

 そう呟き、そのまま固まってしまった。

 先生の手から便箋が滑り落ち、僕の足元へやってきた。
 それを拾った僕は、この手紙を読んだ先生の反応が気になり、だからつい、その内容を確かめてしまった。

◆◇◆◇◆


 親愛なる片割れ フミへ


 できれば、俺がいる時にこの手紙を見つけても俺の知らないところで
 読んでくれるとうれしく思う。

 そして、返事を直接言えずにいる俺を許してくれ。
 でも、面と向かって言ってと今が崩れてしまいそうだったから、出来れば
 まだ返事をしたくないけど、それじゃ駄目になってしまうから。
 だから、手紙で伝えようと思う。

 ありがとう。そしてごめん。告白してくれて嬉しかった。
 俺もフミと同じ気持ちだったから、本当に嬉しかった。
 でも、だからこそ、ごめん。

 俺はフミとはつきあえない。
 俺たちは二人で一人。互いの半身。自分自身。
 フミは俺の半身、俺はフミの半身だから。
 誰よりも大切な存在だから。だからごめん。


 始めてあった時、フミが言ったよな。
 俺たちは生き別れの双子だったりしてって。
 あの時は、そんな訳ないだろって冗談で終らせたけど、実はあれ、
 本当の事だったんだ。

 おかしいと、思わなかったか?
 容姿も血液型も同じ。身長や体重もほぼ同じ。誕生日だって1日違うだけ。
 性別が逆なのを除いて俺たちはほとんど同じだったんだぜ?
 俺も最初は、すごい偶然だと思った。でも違った。
 偶然なんかじゃなかった。

 1年ぐらい前かな。
 どこかの大学から井原っていう研究者が家に遊びに来たんだ。
 その時にお前の話をしたら、かなり興味もってさ。遺伝子検査して見たいって
 話になった。
 父さん達はダメだって言ったけど、俺はその反応が余計気になってさ。
 父さん達には内緒で調べて貰ったんだ。

 結果、87%の確率で双子だという事だった。
 少なくとも血縁者以外とは考え難い値らしい。
 ショックだった。なにがショックだったのかその時はわからなかったけどショックだった。
 今思えば、あの時俺はお前の事好きになりかけていたんだと思う。

 その日の夜。俺は父さん達を問い正した。
 すると。間違いなく俺とフミは本当の双子だと言う事が分かった。

 俺たちが生まれた時、両親はひいばあさんを始め親戚一同に散々言われたらしい。
 『同性の双子は福を呼ぶ。されど男女の双子は不幸を呼ぶ。もし生まれたならば即刻、男児の方を殺すべし』
 妹尾家では代々、そう伝えられてきたと。
 それでも父さん達は両方育てようとしたらしい。
 だけど、結局ひいばあさんに逆らうことは出来ず、
 男児の方とは引き裂かれてしまったらしい。

 その数年後、ひいばあさんの死ぬ間際になって、
 その男児を養子に出される事で 死を免れていたと知ったそうだ。

 会っても公言しないことを約束させるだけさせといて息を引き取ったから、
 どこの誰に養子を出されたかまでは判らなかったらしい。

 もう判ったと思う。
 そう、フミ。お前こそがその男児、俺の兄弟だったんだ。


 だから、ごめん。付き合えない。
 俺たちは誰よりも近い存在だから。

 最後に自分勝手だけど、この手紙を読んでからも
 いままで通りの仲でいられたらいいなぁと心から思う。


◆◇◆◇◆

「なに自分ひとりで見てるのよ。ちゃんとあたしにも見せなさい」

 一通り見終わった頃、手紙の向こう、少し下のほうから爛さんの声がした。

「あ、すいません」

 そう謝ってから読み終えた手紙を渡そうとすると、

「あれ、続き読まないの?」
「えっ? あの封筒に入ってたののはこれ一枚だけですよ」

 思い出して見ても封筒にあったのは確かに一枚だったし。

「いや、それ、裏にも書いてあるけど」
「そんな筈は……、ってホントだ」

 裏を見てみると数行だけど続きが確かに書いてあった。

◆◇◆◇◆


 これからの俺達に何かあるが分からない。
 でもこれだけはハッキリと言える。

 親友であり、血も肉も分けあった本当の双子である俺たちは
 この先なにがあってもずっと一緒で入れると思う。

 そう、例え死が二人を別っても、俺達の心はずっと一緒。
 俺がお前で、お前が俺で。二人が一人で、互いの半身で。
 そうある限り、いつまでも心で繋がってる。そう俺は信じたい。
 そしてそれだけはずっと変わらないと思う。

 フミ、お前はどう思っている?
 それだけは、いつか聞かせて欲しい。

 もうひとつの片割れ・アキラ


◆◇◆◇◆

 ……これ、先生も気付いてなかったよね。多分。

「あの、爛さん? 先に先生に見せて来ていいですか?」
「んー、まいっか。何が書いてあったのかは知らないけど、かなりショック受けているようだし、その緩和剤になるなら」
「すみませんっ、後で内容を教えますから」

 そう一言残して先生の元へ駆け寄ると手紙を差し出しだ。

「先生、あの、これ、裏に続きが」
「えっ、あぁ」

 先生はまだショックから立ち直っていなかったけど、それでも僕が声を掛けるとどうにか正気を取り戻し手紙を受け取る。
 そして再び、その文面に目を落とした。

「……いつまでも心で繋がってる、か。そうか、そうだよな。俺達はいつまでも一緒だよな」
「ああそうだよ。やっと気付いたのか」
「ごめん。……って今、なんか言ったか?」

 僕は横に振る。

「じゃあ、一体誰が……」
「俺だ。アキラだよ。」
「ア、アキラ? 一体どこに?」

 先生はひとりで話、辺りを見渡している。

「ここだ。フミの中。と言うかフミ自身? 手紙にも書いただろ。俺達はずっと一緒だって」

 なんかさっきから先生がひとりで喋って一人で混乱してるけど一体……。

「精神同居やな」

 僕が不思議に思っているのに気付いたのか光輝が呟いた。

「精神同居?」
「そうや、ひとつの肉体に二つの精神。二重人格と似たようなもんやけど、根本がふたつかひとつかで結構違うねん」
「って事は、先生の中にもう一人誰かいるってこと?」
「多分『アキラ』でしょ。魂がひとつしが感じられないのが気になるけど」
「ふ〜ん、でも、なら、なんで今更になって『アキラ』が? あの様子だと今まで気付かなかったみたいですけど」
「たぶんだけど、ずっと前から居たけど『フミ』がそれを認めなかったと言うか、考えてもなかったから出て来れなかったんじゃないかしら」
「それって僕が前から言われてる『聞こえないと思ってるから聞こえない』ってのと同じ事ですか?」
「そうよ」

◆◇◆◇◆

 僕らがそんな話をしていた頃、先生も一人で、正確には二人でだけど、話をしていた。

「ア、アキラ? 一体どこに?」
「ここだ。フミの中。と言うかフミ自身? 手紙にも書いただろ。俺達はずっと一緒だって」
「そ、そんなの信じられるわけ ―― 」
「と言っても実際問題ここにいるし」
「で、でも」
「俺はあの事故の後、ずっとフミの中にいた。フミの中でフミの事を見てきた」
「なら、なんで今まで ―― 」
「そりゃ、これはフミの体だし、体の支配権?のあるフミが俺が共にいるって思ってくれてなかったから俺は出れなかったんだけど」
「ご、ごめん。・・・・・・って、ちょっと待てぇぇぇぇ」

 いきなりの大声に、何事かと思ったボク達も会話を止め、先生の方に視線を向けた。
 先生はそんな事には気付かないぐらいパニックになっていたけど。

「今なんて?!」
「フミが俺が共にいるって思ってくれてなかったから俺は出れなかった」
「いや、そうじゃなくってその前、確か僕の体って」
「ん。言ったな」
「ア、アキラの体じゃなくって? 僕の?」
「ん」
「いや、それはないでしょ? 僕、男だったし」
「ん〜、それが残念ながら違うんだよな。手紙に書こうかと迷ったんだけど、フミ、お前はホントは女だ」
 えっ?
「いやいやいやいや、それは」
「いや、ホントだって手紙に書いた遺伝子検査で分かってたんだけどなんか言い出しづらくて」
「でもならなんで、事故の後いきなり」
「あ〜、それは父さん達が勝手に」
「うそ、そ、そんな事って」
「あるんだよな。これが」
「う。信じられない」
「でもそれが真実だ」
「でも」
「しつこい。と、そうだ、神宿」

 いきなり話を振られて、聞き耳を立ててた僕はピクリと肩を振るわせた。

「サンキュウな。フミと話す事が出来る様になったのはお前が手紙を発見してくれたお陰だ」
「いや、本を無理やり貸したのは本館さんだし、その手紙が先生宛だと推理したのは光輝です」
「それでも、だ。取り敢えず、俺はなんかお礼がしたい」
「とは言われても ―― 」
 思いつかない。そう続けようとした矢先、爛さんに言葉を取られた。
「んじゃ、うちの顧問になってよ。まだ、正式なメンバーは3人しかいないけど、いつか5人以上になったときにすぐクラブに昇格できるようにね♪」
「ま、それなら……、女バスと兼任になるけどいいか?」
「ノープロブレム♪」

◆◇◆◇◆


「にしても、神宿。お前本当に昔の俺にそっくりだな。一体どうやったんだ? 天津の魔法とかか?」
「ん〜、残念ながらあたしじゃ無理。……って、ちょっと待って。アキラじゃないならいまヤオに憑いてるのって誰?」
「あっ、そう言われれば」

 そう言われればそうだ。
 ついさっきまで『アキラ』に憑かれているから今の姿になっていると思っていたけど、『アキラ』が『フミ』の中にいるなら、僕に『アキラ』が憑いてる筈がない訳で……

「あぁ、それな? そういや後回しにしとったな」
「えっ!? 光輝はどういう事だか知ってたの?!」
「まあな」
「どういうことよ」

 僕と爛さんは光輝に詰め寄った。

「要するに八百万についとんのは『フミ』でも『アキラ』でもない第三者つうことや」
「だから、それって誰よ?」
「それは……」

 光輝はそこって一度もったいぶってその部屋にいたある人物を指差した。

「それは、あんたや。本館はん」

◆◇◆◇◆

 いきなり指差された本館さんは、一瞬何のことだか分からない顔をしたけど、すぐに思いついたようにこう言った。

「ふっ、ふっ、ふっ。入学数週間でこの図書室の推理小説を全読破しただけありますね。さすが天国さんです。バレてしまいましたか。って感じでいいですか?」
「えっ、えっと、どういうこと?! 本館さんがって。えっ??」

 予想外の展開に驚きを隠せない僕に、光輝が説明をし始めた

「正確には、本館はんがあの手紙から具現化させた『俺』、つまり『アキラ』を八百万につけてたんや」
「よくできた手紙は物語と同じようなものですから」

 本館さんがそう付け加えた。

「じゃあ、僕が見たあの夢は……?」
「あっ、それはこの子の記憶です」

 そう言って、先ほどの本を見せた。

「なるほど。でもコーキ、あんたはなぜ気付いたの?」
「ほら、夢の視点が『アキラ』でも『フミ』でも無かったやん。あれがちょっと気に掛かってたんや」
「そ、そうだったんだ」

◆◇◆◇◆

 ひと段落着いたところで、先生が本館さんに言った。
「ところで、この本。借りていいのかな? 読みかけだった場所も含めて読み返して見たいんだけど」
「はい。いいですよ」
「ありがと。じゃあな、お前らももう遅いしそろそろ帰れよ」
 先生はそういい残し、本を手に図書室を出て行ってしまった。



「あの、僕、読みかけだったんだけど……」
「あっ、すいませ〜ん」
 その後、本館さんが僕に平謝りしづつけていたのは言うまでもなかった。




玄関へ本棚へ