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 闇、暗闇。ただひたすらに昏い闇。
 音、足音。離れても離れても一定の間隔を開け付き纏う。
 視線、ねちっこい視線。どこまでも執拗に私の身体を舐めまわす。
 そしてまた音、電話の音。決して止むことのない悪魔の呼び声。
 それらすべてが、私を切り裂く。逃げ切れない闇の恐怖。
 
 怖い……。
 怖く、怖くて、怖過ぎて、闇がすべてを怖くして、死がわたしを蠱惑して、恐怖でカラダ強張るほどに、狂気でココロ壊れるほどに、ただひたすらに…………
 


これは夢オチ
番外編 「ナイトテラー」
作:天爛


※「これは夢オチ」シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照して下さい。
http://ts.novels.jp/novel/200204/04201057/yuimutitle.htm



『……なに、この夢』
 彼女 ―― TS夢担当のナイトメア、ユイム ―― はいま、とある少女の見る夢を覗き見ていた。
 それはただ1色、”恐怖”で彩られた純粋な悪夢。
『最悪だろ? 自分で言うのもなんだが、ここまで酷い夢はないぜ?』
 追夢 ―― 追う夢、追われる夢 ―― 担当のナイトメア、ジェムは答える。
『しかも彼女はこの夢を毎日の様に見ている。負の感情が負の感情を呼び込んで更に自分を苦しめる。まったくやってられないぜ?』
『ジェム、この子をなんとか助けられないかな? このままだとこの子、精神衰弱で死んでしまう』
『それは無理だぜ? 見てみろよ、この子の心の粒子……』
 そう言われユイムはその子の心の粒子を拾い上げる。そして手のひらの粒子を見ると、驚愕の表情を浮かべた。
『”恐怖”ばっかだろ? 確かにその他の良い粒子もある。だけど、それを材料に夢を作ったところで直ぐに”恐怖”に塗りつぶされちまう。それほど強いんだ、この子の”恐怖”は。ナイトメア・キングであるトロイ様が作った夢だってもしかしたら……、だぜ?』
『じゃ、じゃあどうすれば……』
『確かに俺たちにこの子をどうにかすることは出来ない。でも、だからこそお前を呼んだんだぜ?』
『えっ、どういうこと!?』
 その言葉を聞き、ユイムは目を丸くして聞き返した。
『この子をどうにか出来ないなら、悪夢の根源をどうにかしようってことだぜ?』
『……、話を聞かせてください』
『ああ、いいぜ。だがこの作戦、ユイムの力が重要になってくる。失敗すればこの子は更に酷い状態になるかも知れない。いいか? 覚悟が必要だぜ?』
 ユイムの喉(のど)からゴクリと息を呑む音が聞こえた……。
 


 気が付くと俺は見知らぬ部屋に居た。
 その部屋には唯一、全身を映す事の出来るぐらいの大きな鏡が一枚あるだけで他には何ひとつもなかった。そう、光源となる照明器具も明りを通りこむ為の窓もだ。だかそれにも関わらずその部屋は暗闇に覆われる事無く、不思議な明るさに包まれていた。
 俺はこの妙な部屋から出ようと思ったがソレは叶わなかった。当り前だ、出入り口も無いのだから。
 ここは一体……
 
  ―― ココ? それは関係ない。貴方は今ココに居る。それだけで充分。
 
 声? 今さっき声が聞こえた気がしたが……
 部屋の中を見回したがやはり俺以外には誰も居なかった。
 気のせいか……。
 にしても何時の間にこんな所に……
 
  ―― イツ? それも関係ない。貴方はイマ此処にいる。それだけで充分。
 
 また声がした。声変わり前の少女を思わせる何処か中性的な声だ。
 再度、見回して見たがやはり誰も居ない。
 一体、何処に……
 
  ―― ドコ? 私は此処。貴方の目の前。そうソコに私は居る。
 
ワタシ? ワタシは悪魔。【夜の恐怖】ナイトテラー。数多いる悪魔のその1柱。  確かに居た。俺の目の前。本来、俺の姿を映しているべき鏡の中に。一人の少女が。
 いや、正確に『少女』と言って良いのだろうか。この、人に有らざる特徴を持つ『少女』を。

 その『少女』の長い漆黒の髪がある頭には、豹を思わせる獣の耳があった。
 その『少女』の可愛いとも取れる美しい顔には、燃え上がる炎を宿した瞳があった。
 その『少女』の闇を思わせる黒い服の後には、猛禽類の物と思しき鳥の翼があった。
 この、人に有らざる特徴を持つ『少女』を、なんと呼べばいいのだろうか。
 この『少女』は一体……
 
  ―― ワタシ? ワタシは悪魔。【夜の恐怖】ナイトテラー。数多いる悪魔のその1柱。

 あまりに非常識が過ぎると、人は逆に冷静になってしまうのか俺はどこか落ち着いた感覚でその『少女』、いや『悪魔』に聞き返した。
 悪魔? その悪魔が何のようだ。もしかして俺の魂が目的か?
 
  ―― チガウ。貴方は私に糧をくれた。無限に恐怖を生産する、夢幻に広がる苗床を。だから今日はそのお礼。
 
 苗床? 何のことだ?
 
  ―― ダイジョウブ。それは貴方に関係ない。さあ、お礼は何がいい? 例えばこのコ。このコはいかが?
 
 『悪魔』がそう言うと、それまで鏡に映ってた『悪魔』の像は歪み、次の一瞬には俺の良く知る女性の像に替わっていた。
 鏡に映し出された女性。それは俺がいま恋している相手だ。そして彼女も俺のことを好きなはずだ。
 そもそも彼女は出遭った時から怯えた眼で俺を見つめ。俺に助けを求めてきた。元々彼女は俺のタイプではなかったが、優しい俺はそれからはいつも彼女を見守ってやる事にした。
 帰り道、幸いにも同じ方向なので変なヤツに襲われない様に付かず離れずの間を取って護衛してやっているつもりだし、彼女の様子をいつも気遣って、少しの変化でも気付けるようによく観察もしてやっているつもりだ。
 彼女も俺が見守ってあげているのに気付いているようで、恥かしがって直ぐに逃げ出してしまう。けど彼女はその事を気にして、俺が彼女のことを嫌いにならないか一人で悩んでるハズだ。
 だからそう気づいた俺は、毎晩『気にしなくてもいいよ』と言う意味を込めて電話をするようにした。彼女は最初の2〜3回は電話に出たもののやはり恥かしいのか、今では受話器すら取らないようになった。だけど俺は鳴り止まない電話のベルによって『君を見捨てないよ』と伝えているつもりだ。
 それなのに『お礼』が『彼女』? どういうことだ? 彼女は俺の事を愛してるはずだ。ならば、わざわざ貰う必要は無い。
 
 どうせなら彼女ではなくあの娘がいい。俺の理想の……
 
  ―― ソウ…… 貴方の理想はこのコなのね。
 
 ―― ソウ…… 貴方の理想はこのコなのね。  再度、鏡の像は歪み、そこには俺の理想の女性像が浮かんでいた。
 さらりとしたロングヘアを纏い、綺麗な顔立ちをしたセーラー服姿の少女。パステルカラーの髪からさり気に覗かせている尖った耳が少女がエルフであることを物語っている。胸は小ぶりだが型は良く、全体のラインと併せて微妙なバランスを醸し出している。
 そう彼女は俺が昔からやり込んでるゲームのヒロインで俺の理想にピッタリと一致していだ。ただ現実世界では存在し得ないのでとっくの昔に諦めていた。
 でも、もしかして……。この『悪魔』なら。
 
  ―― ソウ。私は悪魔。だからどんなコでも貴方にあげるコトができる。このコがいいのね?
 
 この娘、この娘を俺のものにする事が出来る……。
「あ、あぁ」
 俺は、思わずそう呟いていた……。
 
  ―― ワカッタワ……
 
 『悪魔』がそう言うと同時に俺は眩しい闇に包まれた。
 


『ユイム。ナイトテラー役、ナイス演技だぜ?』
『当然です、まかせてください♪ このあたしに掛かればこんなものですよ♪』
 胸を張って威張るユイム。
『でも、やっぱり許せません。この人、自分中心に考えて相手のことを考えもしないで……』
『まあ、ストーカーなんてこんなもんだぜ?』
『それもそうなんですけど、ね……』
 


 夢を見た。変な夢だ。実際にはありえないが、実際に体験したかの様に鮮明な、そんな妙な夢だ。
 夢の最後、あの闇の中で俺は俺の体が変わっていくのを感じた。まず、体全体が縮む様な感覚。それが終わると胸と尻が膨らむ様な感覚。同時に腰の当たりが締め付けられる様な感覚。そのあとの髪が伸びる様な感覚。そして耳が上に引っ張られる様な感覚。最後に体が縮んだ為がたぶたぶになった服が、一瞬にして身体にフィットした様な感覚。それら全ての感覚をこれ以上ないほど鮮明に覚えていた。
 
 ありえない。そうだ、あんなのはありえない。出入り口の無い部屋で悪魔と出会うなんて ―― ありえない。
 俺はそのありえない感覚を振り払う為に頭を振った。するとどうだろう。何か頬にあたる感触があった。それはさらっとした感触の何か。
 俺は頬に当たるそのありえない感触の元を手にとってみた。パステルカラーの糸? いや、違う。髪の毛だ。しかも、俺自身の。
 ありえない。確かに俺は男にしては髪が長い方だ。だがそれでも頬に当たる程ではない。そもそも、この色は染めたのでも無い限りありえない色だ。
 でも、その糸を引っ張った時に頭皮へ感じるありえない痛みが、それが俺自身の髪だと主張していた。
 
 俺はその髪の色に見覚えがある事に気付いた。夢の中で見た、いや、夢にまで見た『彼女』の髪の色と全く同じではないか。
 俺はある種の期待を持って手を胸にあてた。あるっ!  そこには小振りながら確かな膨らみがあった。
 そしてある種の確信を持って手を更に下に下ろした。ないっ! そこには男としてあるべき物はなかった。
 俺は女になっていた。いや、そんな事はどうでもいい。問題は……
 俺は恐る恐る、そう、本当に恐る恐る、耳に手をやった。エルフの耳はとても敏感だという話がある。もしそれが本当ならいきなり触るのは危険だ。
 手があたった。
「ひゃっ!?」
 思わず声が出た。ゲームで聞いたままの可愛らしい声だった。
 
 結果から言おう。
 俺は夢の中で見た、夢にまで見た、エルフの少女になっていた。もちろん体だけでなく服装もだ。
 服を脱いで隅々まで確かめようとした所で、ここが自分の部屋ではない事に思い至った。
 そこは自分の部屋どころか室内でもなかった。なぜ気付かなかったのだろうか。
 辺りを見回すと見慣れた光景が広がっていた。寂れたプラットフォームに駅名を示す看板。そこは俺が通勤の際に使用している自宅付近の駅だった。
 どうやら俺がゲームのキャラと同じ姿になったからと言って、その世界の住人になった訳ではないらしい。
 
 とりあえず俺は家へと帰る事にした。それまで腰を下ろしていたベンチから立ち上がり、改札口の方へ足を向ける。いつのまにか手にしていた学生カバンから定期券を取出し改札を括る。改札にいた駅員は俺の姿を見ても驚く様な素振りは見せず、普段通り業務を全うしていた。
 
 駅を出た俺は、念のためにいつも帰る道との地理関係を確認しつつ、家路へとついた。
 その時、俺の後を付ける様な足音が聞こえたのだが、地理関係の確認考えに捕われていた俺は気にも止めなかった。俺は駅から少し離れたマンションに一人暮らししている。
 マンションの自室前に着いた。学生カバンから取り出した鍵を使って家の中に入る。すると、そこには見慣れない、だが、見覚えのある光景が広がっていた。
 俺は思わず、一度外に出て部屋番号を確認する。間違いない俺の部屋だ。恐る恐るドアを開いて中を覗き見る。今さっき見た光景は見間違いなどではなかった。
 柔らかな薄緑の壁紙。窓には壁紙にマッチした可愛らしいカーテン。そのすぐ近くにベッドがあり、ポコペンとかいうタヌキとペンギンを組み合わせた様なビミョーな人形が鎮座している。脇には大きめの鏡台があり、フリルの付いたクッションが置かれている。確か、ゲーム内でのエルフの少女の部屋だ。
 内装が変わっていても俺の部屋に変わりないハズなので部屋の中に入る事にした。
 
 ふう。とりあえず一息ついた俺は今の姿を確かめる為にベッドの脇にある鏡台に向かった。
 そこに写ってたのは予想通り、例のエルフの少女だった。
「これが……、俺……?」
 俺が喋るのにあわせて、エルフの少女も喋った。顔に手をやる。エルフの少女も同じ動作をする。微笑んでみる。エルフの少女が俺に微笑む掛ける。間違いない。彼女は俺だ。
 いや、俺が彼女なのか? まあ、どっちでもいい。今、俺は彼女と同じ姿になっているそれだけで充分だ。
 俺は、明日からどうするかを考えるのを止め、彼女の、いや、俺の体を確かめる事にした。まず服を………………
 
 目が覚めた。俺は自分の部屋の布団の上で目が覚めた。変な、だがいい夢だった。あと、少しだったのに惜しい事した。俺は2度寝の誘惑に駆られつつ、出勤の準備をする事にした。
 


 その日、俺はいつも通り出社し、いつも通り仕事をし、いつも通り彼女を見守った。その次の日も、その次の日も。
 だが、何も変わらなかったという訳ではなかった。俺はその日から同じ様な夢を見るようになった。俺があのエルフの少女になっている夢だ。
 
 夢の中、いつも駅のホームで気付く。俺は自分の姿を軽く確かめた後、その場を後にする。なぜだって?
 それは闇が見てるからだ。俺は闇を避けるように早足で帰る。闇は俺と付かず離れず付いてくる。俺はさらに早足になる。闇の足音は離れない。意を決し足を止める。闇もそれに従う。後を振り返る。そこには夜の闇以外何もない。闇の正体は分からない。あれは闇だから闇なのだ。
 俺が部屋についたと同時に電話がなる。受話器を取るが相手は何も言わない。無言電話だ。受話器を下ろすとまた電話が鳴る。取る。沈黙。切る。鳴る。取る。沈黙。切る。鳴る。取る。沈黙。切る……
 そんな事を数回続けて繰り返した俺は、仕舞いにはベルを無視する事にした。ほっておいたら諦めるだろう。そう思って置いていた。  だが目が覚めるまで鳴り止まなかった。うるさい。耳を塞いでも、無駄なようだった。これがストーカー被害という物なのだろうか……。



 それから何日も何日も、その夢は続いた。ある日から ―― それが偶然でない事に気づいた日から ―― 俺の日常は変わった。
 朝、起きていつも出社する。二度寝しても彼女には会えない。いつも通り仕事する。仕事が終わるのが待ち遠しくなった。帰り、あの女を見守るのを止めた。俺にはそんな事より彼女の方が、いや、彼女と逢える時間の方が大事になった。彼女に逢える時間が短くなるわけではないのだが、彼女に早く逢いたかった。
 
 夢の中、いつもの駅のホームで気付く。俺は最早、自分の姿を確かめる間も無く、家路に急ぐ。闇なんぞに彼女を晒すなんて勿体無い。視線を振り払うように駆け足でマンションまで向かう。相変わらず足音は付かず離れず付いてくるが、彼女に逢える時間が惜しい俺の耳には入らない。
 俺は部屋につくと、いつもタイミングを計ったように鳴る電話を無視して鏡に向かう。
 今日も彼女はそこにいた……。



『えと、あの子のストーカー被害はなくなったんだし、一応成功ですよね?』
『ストーカー被害者の立場に立たせて相手の気持ちを解らせるつもりだったが……。まさか自分が変身した少女に惚れ込んで夢中毒 ―― 夢に溺れてしまうとはなぁ、さすがに予想外だぜ?』
『あはははは、やりすぎちゃったかなぁ……』
ユイムの乾いた笑い声が辺りに響く。額の汗が一筋流れ落ちた。
『にしてもユイム、これから大変だぜ?』
『えっ!? どうしてですか?』
『ヤツのアフターフォローと、夢見飯店 ―― 第9話参照 ―― の営業……だぜ?』
『えぇっ! アフターフォローはともかく、夢見飯店は聞いてませんよ!?』
『ああ、それはあの女の子のフォローとしてまともな夢を作れるようになるまでバグに悪夢を喰ってもらうことになった。で、その見返りが3日に1回の夢見飯店の営業。しかも料理人は真具値志有無 ―― 「まぐねしうむ」と読む。詳しくは第5話参照 ―― ”女”料理長をご指名らしいからお前は必要不可欠らしいんだぜ?』
『そ、そんなぁ〜。アレかなりしんどいのに〜』
 その後、ナイトメア・ユイムにとっての悪夢は数週間続いたと言う。めでだしめでだし。
『ぜんぜん、めでたくないっ!!』

The End.



《後書きというかなんつうか》
 
 ども、天爛です。今回はZyukaさん原作のシェアワールド「これは夢オチ」のストーリーを書かせて戴きました。でも、原作のコメディーな感じが出せてないですね(汗
 それに常連のはずのトロイ様や、シーム君出てないし。
 Zyukaさん、本当にすいませんです。



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