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 夜。その存在は叫んでいた。
“来るな! 来ると俺達の様になる! 死にたくなければ早く逃げるんだ!!”
 だか、それを聞いた男はその場を離れるどころが、『それ』が叫べば叫ぶほど不思議な物に惹かれるように近づくのであった。
 そして今宵も犠牲者がまた1人……。
“なぜだ! なぜ、誰もわかってくれないんだ!!”



ヤオヨロヅ物語

]U:刑死者(The Hanged One)
第六話 〜12th:首吊りの木ハングド・ツリー

作:天爛/絵:ムクゲさん(URL



]U:刑死者(The Hanged One)
※正式な英名は“The Hanged Man”です。

正位置:犠牲を強いられる・試練に耐えれる・苦しい立場・献身的に尽くす・奉仕的精神
逆位置:あせり・悪あがき・自己中心・忍耐が足らない・必要な努力をおこたる


「首吊りの木ですか?」
「そっ、首吊りの木。」
 聞き慣れぬ言葉を聞き返す。そしてそんな僕に爛さんは素っ気なく答えを返す。
「聞いた事ない? 久須木団地近くの一本杉のこと。」
 そう訊かれて僕は少し記憶を探ってみる。けどやっぱり聞き覚えがない。
 僕が忘れているだけでゼロ兄が覚えているかも。そう思い、ゼロ兄の視線を向けた。けど、当人は光輝との将棋に夢中でこちらの話には興味なさそうだったから、訊くのを諦めた。
 そうそうゼロ兄は、爛さんの計らいでこの『部室』内では僕と離れて動けるようになっている。お陰で僕もこの『部室』の中では存分にかわいい物とか甘い物を堪能できて嬉しかったり。って、いつの間にか思考がズレた。
「えと……、すみません……。」
「そう。」
 爛さんが少し残念そうに呟いた。
「下宿と逆方向だし、そっち方面には足を延ばしたことないので……。」
 だから、途中から関係ないことを考えていた僕も、なんか申し訳なくなって、する必要もない言い訳をしてしまった。
「まあ、そういうことならしょうがないわね。いいわ。面倒だけど説明してあげる。」
「あ、ありがとうございます。」
「さっきも言った通り久須木団地の近くには一本の杉の木があって、最近そこで首吊り自殺が多発してるの。」
「じ、自殺ですか。」
 爛さんが頷く。が、続く言葉でそれを否定した。
「表向きはね。でも、あたしの予想だと自殺なんかじゃないわ。」
 えっ……?
「ただの自殺なら話は早いだけど、どうも裏、それもオカルト絡みの裏がありそうなのよ。自殺にしてはおかしな点が結構あるし。」
「おかしな点、ですか?」
「そ。まず自殺にしてはその動機が薄すぎるのよ。例えば、昨日発見されたのは結婚間近のサラリーマンなんだけどね。もうすぐ結婚と言う幸せの絶頂期だったらしいわ。そんな人が草木も眠る丑三つ時に首を吊ると思う? そりゃあ生きている以上多少悩みはあるだろうけど……、おかしいと思わない?」
「そういわれれば……。」
“結婚破棄でもされたんじゃないのか。”
「違うみたいやで。その恋人が後追い自殺しようとしてたぐらいやしな。」
 興味を惹かれたのか、将棋を打つ手を止めたゼロ兄がちゃちゃを入れ、それ否定する為につづけて光輝が口を挟んで来た。
「まあ、そっちの方は無事に防がれたみたいだけどね。まあともかく、最近のはそんな自殺する動機が見当たらない奴が多いらしいのよ。」
「えっ、『最近の』ってどういう……。」
「あぁ、それな。前々からその木で首を吊る奴が結構いたんや。だから『首吊りの木』、もしくは『首の木』って言われとったらしいで。」
「まっ、結構いたといっても最近のはそれの比じゃないわね。それまで3〜4年に1人だったのが、今月に入ってからすでに5人目らしいし。それに首吊りに使った縄?も全員同じ物、なのに出所がまったくの不明。ほらね、怪しい♪」
「確かに……。」
「つう事で今夜、光輝と一緒に調べに行こうって思ってるわけ。」
「へぇ……、面白そうですね♪」
“お、面白そうってヤオマ……、もしかして見に行こうとか思ってないだろうな?”
「もちろんっ♪」
 行くに決まってるじゃん♪
 その答えに爛さんと光輝はやっぱりとばかりに苦笑を浮かべ、ゼロ兄は頭を抱え込む。
“ダメだっ! お兄ちゃんは女の子の、それも世界一の美少女であるヤオマの夜歩きなんて絶対に認めませんよっ?”
「大丈夫だよ。ゼロ兄が憑いてれば男なんだし。」
“それでもダメだっ!”
「それにもし危険な目にあってもゼロ兄が助けてくれるよね。信じてるから……」
“う、うぐぅ。わ、わかった任せとけ”
 話がまとまったというか、ゼロ兄を丸め込んだのを見計らって、それまで苦笑しつつ僕らの会話を見ていた爛さんが口を開いた。
「話はまとまったようね。言っておくけど、ヤオ。もし本当に危なくなったらすぐ逃げるのよ? 攻撃魔法も回復魔法も使えないあんたはぶっちゃけ足手まといなんだから。余計な手間を掛けさせないでね。」
「はい♪」
「……にしても『世界一の美少女』って、あんた、どこまで兄馬鹿なのよ。」
“あん? まさかヤオマを差し置いて自分が『世界一の美少女』とか抜かすんじゃないだろうな?”
「そんな事言わないわよ。」
 爛さんはゼロ兄の言い掛りを苦笑混じりに否定する。そして
「そもそもあたしは『美少女』じゃなくて『美女』だし?」
 といって僕達に同意を促す。
 でもその問いに僕達3人が出した答えは……沈黙。
「な、なによ。みんなして黙っちゃって。じ、自分で『美女』っていうのは何だかなぁ、という気持ちは分かるわよ? でも少なくても『少女』じゃないでしょ?!」
 爛さん、ムキになって否定するあなたの姿は、どう見ても……『少女』と言うか『子供』ですよ?

◆◇◆◇◆

 午前2時を少し過ぎた頃に集合場所の久須木団地近くの踏切へ着くと、既に高校生と小学生の物と思える人影がそこにあった。こんな時間に本当の小学生が起きている訳がない。間違いなく光輝と爛さんだ。
 僕は慌てて2人の元へ駆け寄る。
「遅いわよ、ヤオ。」
 そう笑顔で迎える爛さん。集合に遅れたといっても怒っている訳ではないらしい。
「す、すみません。いろいろ準備してたら遅くなっちゃいました。」
「まあ、いいわ。んじゃ、さっさと行くとしましょ。」
「はいっ」
 という事で僕達3人、僕に取り憑いた状態のゼロ兄を合わせると4人、が揃ったところで目的の場所へ向かって歩き出した。

「そう言えば、光輝。あんた、アレ。忘れてなんかいないわよね? あたしの占いだとどうも必要になりそうなんだけど。」
 道すがら、不意に爛さんが光輝に尋ねる。
「ん、大丈夫や。いつも持っているさかい。」
 そう言って光輝はポケットから小さな球状の物体を取り出した。
「それは?」
 興味を惹かれた僕はそれを覗き込む。
「簡単にいうとオーブよ。魔法を登録しておけばいつでも誰でもその魔法を使えるわ。本来は一回こっきりなんだけど、これはあたし謹製だからね。何度でも使える優れものなの。いまなら更にもう一つオマケして、なんと、驚きの ―― 。」
「爛ねぇやん、なんかテレフォンショッピングみとうなってるで。」
「あ、あり? ……ご、ごほん。ともかく光輝の持っているオーブには《物質転送(マーテル・トランスミッション)》が登録してあるわ。ほら、光輝は魔法使えないから。いざという時はこれで武器を出して戦う為にね。」
 そういえばこの前もどこからともなく木刀を取り出していたけど……そっか、あの時もこのオーブを使ってたんだ。
「って、光輝、魔法使えなかったの?」
 爛さんの親戚って言うし、魔法とかについていろいろ知ってるから使えるものとばかり思ってたんだけど。
「ん〜、あ〜、まあな。いろいろあるんや、いろいろな。」
 そんな僕の驚きに光輝が肯定の返事を返してくれたけど、その言葉は歯切れが悪くなんか答えにくそうだった。……もしかして聞かれたくなかった事なのかもしれない。

 それからしばらくの後、目的の久須木団地が見えてきた頃。
“おい、なんか聞こえないか?”
「えっ?」
 そう言われて耳を澄ますと、目的の久須木団地の方から小さな声が聞こえてきた。
 チィッ、チチチチチチチチィ、チィ
「鳥の鳴き声……、インコ?」
“そのみたいだが……、おかしくないか? もう真夜中、草木も眠る牛三つ時だぞ?”
「だよね。」
 僕とゼロ兄が不思議に思って首を捻っていると爛さんがその答えを教えてくれた。
「おそらく花魄(かはく)ね。」
「“カハク”?」
「そう、花魄。くさかんむりに化けるの『花』に魂魄の『ぱく』と書いて『花魄』。中国の木の妖精で、首吊り自殺があった木に宿ると言われているの。これくらいの、手に乗るぐらいの大きさでね? 声はインコの鳴き声に似ていて普通の人には通じないって言われているわ。」
「へぇ。じゃあ首吊り多発事件の原因ってその花魄にあるんですか?」
「花魄はそんな凶悪じゃないし、力もないわ。それに犯人なら警告しないわ。」
「えっ、警告って……。もしかして爛さん、花魄が言ってる事がわかるんですか。」
「わかるんですかって、あんたにも聞こえてって、ヤオ。あんた、《霊聴(アストラル・ヒヤード)》使ってるんじゃないの? さっきゼロと話してたから使っている物だとばかり思ってたけど。」
「あっ、言われてみれば少し前から普通に魔法なしで話してました。ゼロ兄とは。」
“俺が憑いてる時限定ぽいがな”
「ふ〜ん、なるへそ。まあ、取り敢えず《霊聴(アストラル・ヒヤード)》使ってみなさい。それで花魄の言葉がわかるようになるはずだから。」
「はい。」
 爛さんに促され《霊聴(アストラル・ヒヤード)》を使ってみる。すると、それまでインコの鳴き声にしか聞こえてなかったのに、それに重なるように意味のある言葉が聞こえるようになった。
 チィッ、チチチチチチチチィ、チィチチチチ(来るな! 来ると俺達の様になる! 死にたくなければ早く逃げるんだ!!)
「俺のようになるって……。」
“つまり、こいつも被害者って訳か”
「そういうことになるわね。」
 チィッ、チチチチチチチチィ、チチチチチィ(来るな! 来ると俺達の様になる! 来るんじゃない!!)
 僕達が話している間も花魄が警告の声を止めない。
「あの、どうします?」
「ん? もしかして怖気付いた? なら別にいいのよ。ここにいても。」
「いえ、そんな事は……。」
「んじゃ、いくわよ。……安心なさい。あたしがいるんだから。」
「わいもおるで?」
“もちろん俺も!”
「……だね。」

◆◇◆◇◆

 目的の一本杉が見えて来たので《霊視(アストラル・ビジョン)》使ってみる。が、特に変化はなし。でも確かに花魄の声はそちらから聞こえていた。
 もう少し近づくと、どうにか花魄の姿が確認出来るようになった。遠目だからはっきりとは見えないけど、夜の闇に映えるエメラルドグリーンの髪と色白の肌はとても印象的だ。杉の枝に腰掛けるその姿は、爛さんが言っていた通りで、手のひらに乗りそうなぐらい小さかった。
 花魄の方も僕達が近づいている事に気付いたようで、より警告色を増した声で語りかけて来る。だけど、その内容とは裏腹に、耳に届くその鳴き声は一層幻想的で、声の主を確かめたくなる程だった。
「怪しいわね。」
「やな。花魄の鳴き声に惹かれて近寄った所を襲うっつうのが見え見えや。」
「よね。迂闊に近寄らない方がいいかも。っと言う事で、あんたはここで待機よ。ヤオ。……ヤオ?」
「……ねえやん、ちょいっと遅かったかも知れへんわ。」
 そう言って光輝は僕の方へと視線を向けた。
「えっ? ……あっ! ヤオっ、ストップっ!! つか戻って来なさいっ!!」
 そう、僕は2人が立ち止まって相談している間も1人、杉の木に向かって歩いていたのだ。爛さんに呼び戻され、そちらへと体を向ける。そして一歩踏み出した瞬間、背後に何かが降りてきた気配がした。
“ヤオマっ! 後ろだっ!”
 ゼロ兄が叫ぶ。それとほぼ同時に光輝が、僕の方へと向かって駆け出す。突然の展開に混乱したのと、ゼロ兄の言葉が気になったのとで、とりあえず後ろを振り返ってしまった。そして後悔した。振り返らずそのまま爛さんの元へ駆け出した方がよかったと。

 振り向いた真ん前に苦悶の表情をした生首が浮かんでいた。
 いや、よく見ると生首ではない。頭のてっぺんから細い糸が伸び、一本杉に繋がっている。そして首元には4対の脚と鋭い牙と複眼を持つ虫の頭。生首だと思ったそれは、生首なんかではなく、蜘蛛、それも人間の顔ひとつ分の腹を持つ巨大蜘蛛だった。
「っ!」
 それを理解した僕は声にならない悲鳴を挙げ、一目散に逃げ出した。途中、何かに引っ掛かりこけてしまったけど、それでもなんとか爛さんの元にたどりつく。
「ら、爛さんっ。あ、あ、あれは?!」
 逃げて方を指差す。勢いで視線もそっちへ向ける。って、なんか増えてるしっ。なんと人面蜘蛛?は僕が見た1体だけではなかった。振り返ったその先には数え切れないぐらいの生首が一本杉からぶら下がっていた。アレ一体一体が人面蜘蛛。そう想像してしまい鳥肌が立つ。
「あれは…… 釣瓶落とし、よね……」
 しどろもどろな言葉を理解してくれたのか、独り言のように爛さんが呟いた。
「つ、釣瓶落とし? 釣瓶落としってあの?」
 釣瓶落としなら僕も知っている。いきなり木の上から現れては人を驚かすだけという生首の化け物だ。
「そうよ。たまに人を襲うのもいるらしいけど、今回のは普通のと違う様ね。『首吊りの木』の噂に絡め捕られて異形化・凶暴化してるみたいね。あはは、これは専門の国津家に任した方がよかったかも。」
 そう言って苦笑する爛さん。でも、すぐに真剣な顔になった。
「まあ、そうも言ってられないわね。ゼロが捕まっちゃったみたいだし。」
「え? あっ。」
 そう言われてやっと気付く。いつの間にか僕は女の子になっていた、じゃなくて戻っていた。
 いつの間に…… あっ、もしかして逃げるときに何か引っかかったと思った時に……
「少しは減ったみたいだけど……。」
 恐る恐る杉の木の方を見ると確かに数は減っていた。それに比例して個体毎の大きさは大きくなっている気がする。
「コーキ、そのままひとつにまとめちゃって。あとはあたしがなんとかするから。」
「りょーかいや。」
 光輝は爛さんに大声で答えつつも、手にした長い槍のような武器で釣瓶落としを凪払う。その一閃で五体分の糸(杉の木と繋がっているやつ)が分断される。糸が切れた釣瓶落としは妖怪でも重力に逆らえないのか、地面に落ちる。
 相手は紛いなりにも蜘蛛の形をしてるのだから糸を切って地面に落としても無駄じゃないかと思った。けど、そうでもないらしい。糸から切り落とされ自由落下を始めた釣瓶落としは地面につくや否や、すっと消える。そしてその分、残りの釣瓶落としが大きくなる。最初、人の頭サイズだった腹部が、今やその3倍位にまでなっている。
「これぐらいのサイズやとあっちの方が楽やな。」
 そう言って光輝が投げた槍は綺麗な放物線を描き、釣瓶落としの一体に刺さった。槍が刺さった一体はしばらくもがいていたが、数秒も経たずに地面に落ちた時と同じ様にすっと消える。
「二丁拳銃や。」
 光輝が叫んだ瞬間、その手元に2丁の拳銃が現れた。2丁同時に構えるとダダンダダンと横一直線にうち放つ。それだけで10体近くの釣瓶落としが消えた。が、足の止まった光輝に向かって別の1体が糸を吐き出す。それを寸手でかわした光輝は、空中で「リロード。」と呟いてから着地する。そして、弓を引くように構えると、糸を吐いた奴を撃った。だけど、その一撃は急上昇によってかわされてしまう。が、次の瞬間。
「あかんで、あんさん。その動き、ビンゴや。」
 光輝がそう言った時には、その釣瓶落としは消え去っていた。
 えっ、どうして? 一体どうやって?
「ディレイ・アタック、時間差攻撃ね。前に突き出した方でまず一発。少し遅れて後ろの方で斜め上に撃っていたのね。」
 なにが起こったのが把握できずにいる僕を見かねた訳しゃないとは思うけど、爛さんがそう解説を入れてくれた。

◆◇◆◇◆

「にしても、ゼロの奴はどこにいるのかしら。下手に巻き込んちゃうと厄介だから、居場所だけでも把握しときたいんだけど。」
「魔法とかで見つけられないんですか。」
「それがね。さっきからやってるんだけど反応がないの。こんな短時間で昇天したり取り込まれたりはしていないはずなんだけど……。ヤオ、あんたわかんない? あんなんでもあんたの兄貴なんだし、ずっと一緒にいたんでしょ。だから兄妹の絆かなんかでどこにいるかぐらい分かるんじゃない?」
 確かに腐っても僕の兄。あんなのでも見殺しにするのは……。まあ、もう死んでるみたいなもんだけど。
 僕は静かに目を瞑り、精神を集中する。……わかった。
 ような気がした。
「えっと、多分、あそこに。」
 僕は恐る恐るその方向を指差す。それは1体の釣瓶落としの上、糸で繋がっている枝の幹の方。
「なる。じゃあヤオ。あんた回収してきなさい。ついでに花魄も保護しとく? 巻き込まないとは思うけど、一応。」
「はい。」
 と、深く考えず返事したものの、その内容をよくよく考えると……
「って、えっ、えぇ〜?! 無理っ。無理ですっ。あんなのがいる場所に近づくなんて僕には出来ませんっ。」
 慌てて拒否する僕を見て、爛さんは呆れ顔を浮かべる。
「あんたねぇ、自分からついてきた癖に今更お化けが怖いから嫌だ、とか言わないでしょうねぇ?」
 爛さんがジト目で僕をみる。
「べ、別にお化けが怖い訳じゃ……。あんな形じゃなければ全然大丈夫なんですけど」
「あんな形って、あんた蜘蛛なんかが怖いの?」
「う゛っ」
 そうなのだ。僕、神宿八百万は昔っから、蜘蛛が苦手だった。4対もある細い足、4以上ある虚ろな目など普通の虫では有り得ない外見をしているのが納得できない。
 くどい様だけど僕、神宿八百万は本当に蜘蛛が嫌いだ。ゴキブリと蜘蛛、どちらがマシと聞かれたら迷うことなくゴキブリと答えるほどに。
「なら、こうすればOKよね。」
 ぱちんっ。
 爛さんが指を鳴らした瞬間、おぞましい蜘蛛の姿をしていた『鶴瓶落とし』が、中心に人の顔がある人魂(?)みたいな姿に変わった。
「釣瓶落としからは見えないようするついでに、あんたからも見え方が変わるようにしておいてあげたわ。まったく見えないってのはあぷないかも知れないから、一般的な釣瓶落としの姿で見えるようにね。」
 なるほど。
「ありがとうございます。これなら安心して花魄を保護しに行けまそうです。」
「……ゼロも忘れないようにね? どうして察知できないのか気になるし。」
 爛さんが苦笑を浮かべる。
「はい。」

◆◇◆◇◆

 僕は恐る恐る一本杉へ近づくと、それに気付いた花魄が警告の声を上げる。慌てて口元に人差し指を当て、静かにとジャスチャーをする。いくら見えなくなっているといっても、花魄の声で気付いてしまうかもしれない。
 そう思って釣瓶落としの方を見ると、光輝が引き付けてくれていた。手に持っていた2丁の拳銃はいつの間にか蔦の巻きついたステッキ(?)に変わっている。釣瓶落としは残り5体にまで減っていた。
「大丈夫。」
 僕は花魄に語りかける。
「釣瓶落としは僕達がなんとかするから。といっても、実際になんとかするのはあの2人だけどね。」
 チィ?(はぁ?)
「大丈夫だよ。光輝はほら見ての通りだし。」
 そう言った端から、また1体、釣瓶落としが減った。
「爛さんだってああ見えて凄い魔法使いなんだよ?」
 チ チィチィ(いるわけないだろ。魔法使いなんて)
「魔法使いなんて信じられない? あんな化け物や君みたいな可愛い妖精がいるのに?」
 チッ! チチチチチッチィ?!(誰がっ! 誰か可愛い妖精だっ!)
 花魄は一際大きな声で否定の声を上げる。どうやら自分がかなり可愛い姿であることに気づいていないらしい。せっかく可愛いのに勿体無い。本気でそう思う。僕だってゼロ兄が憑いてなかったら、もっと可愛い服とか着られていたのに……
 と、思い出した。ゼロ兄を助けなきゃ。
「ねぇ、あそこ。あの糸が垂れている根元。あそこに何があるかわかる? 多分あそこにゼロ兄、あっ、僕のお兄ちゃんなんだけど、ゼロ兄が捕まっていると思うんだけど……。」
 チィ? チッチィ チィ チチィ(ん? あそこには烏の巣が……。あっ、そういやこの前、勾玉みたいなのを運び込んでいたな)
 勾玉? そういえば爛さんがなんだらの勾玉は魂を封じ込める力があると言っていたような。……怪しいかも。
「お願いがあるんだけどそれを取って来てくれないかな? 多分そん中にゼロ兄がいると思うんだ。」
 チィ(わかった。)
 そう一言残して、糸の付け根まで飛んでいった。僕はただ花魄を見守る。
 しばらくすると、その体の3分の1ぐらいの大きさの勾玉を抱きかかえて、よろよろとしながらも花魄が戻ってくる。
「ありかと。」
 そういって手のひらの上にいる花魄の頬にそっと口付けをする。ゼロ兄が憑いている状態でやったら明らかに変態だけど、今は僕本来の姿だから問題なしたよね? 花魄は恥ずかしげな表情を浮かべ顔を赤らめた。その仕草が彼女の可愛らしさを更に引き出す。某ゲームのヒロインよろしく、お持ち帰りしたい。そんな感想を抱く。ゼロ兄が離れていて本当によかった。もし憑いたまましていたら絶対にこうはいかなかっただろうな。
 勾玉を受け取ると、その中にゼロ兄がいると感じられた。
「ゼロ兄、大丈夫?」
 聞こえるかどうかわからないけど尋ねてみた。多分、声を出す必要はないんだろうけど、なんとなく。
“おう。ちょっと自分では出れそうにないがどうにかな。”
 無事なら問題なし。
 ……チィ?
 花魄がなにを独り言を言っているのかという仕草をする。
「あっ、そうか君には聞こえないんだね。ありがと、やっぱこの中にゼロ兄がいたよ。じゃあ、とりあえずここから離れよう。君も一緒においで?」

◆◇◆◇◆

「どうやら、無事にゼロの回収が終わったみたいね。」
 遠めにヤオの様子をみて、そう呟く。
「と言うことで、こっからはあたしのターン!! なんちゃって。」
 高らかに宣言する。そこっ、どう見ても背は低いけどね、とか突っ込まないっ。

 あたしの魔法は『類似の法則』と『偶像の理論』を最大限に曲解して応用するもの。『類似の法則』ってのはよく似た物に同じよう事をすれば近い結果が得られると言うもの。『偶像の理論』は 姿や役割が似ているもの同士はお互いに影響しあい、性質・状態・能力などとしても似てくるってもの。
 例えば、あの釣瓶落としは蜘蛛の姿をしてる。『蜘蛛』は『雲』と同じ読み。『雲』は風で霧散する。だから風の魔法を使えば奴も霧散、倒すことができる。と言いたいところだけど、実際はそうもいかない。『蜘蛛の子を散らす』と言う言葉がある。つまり、『雲』を散らす風の魔法を使えば、『蜘蛛』である釣瓶落としは子を散らす。つまりは元の分裂した状態に戻ってしまうかもって事。
 じゃあ、どうするか。簡単。相手は『蜘蛛の化け物』なのだから、この方法でいけないはずはない。
 つうことで
「そろそろ行くわよ。」
 残り2体となった釣瓶落としに相対している光輝に声を掛ける。
「りょうかいや。すぐにこいつを1体にまとめるさかい。」
 そう答えると光輝は、手にしたステッキを釣瓶落としの方に投げる。が、それは簡単に避けられてしまった。
「なにっ、遊んでんのよっ」
 あたしは激を飛ばす。別にステッキを当て損なったことを怒っているのではない。
「ごめん、ねえやん。許したって。1回実践でやってみたかってん。」
 なるほどね。まあ、確かに実践でやる機会なんてめったにないか。
「しゃあないわね。」
 光輝は、あたしがあげた例のオーブを懐から取り出すと、残る2体の釣瓶落としの内、最も近い方へと投げた。あのオーブは魔力を纏ってはいるものの、相手に当てて魔術的ダメージを与える代物ではない。なぜ、それを敢えて敵側に投げたのか、もちろんあたしはその理由を知っている。あたしが作った物なんだから当たり前よね?
 釣瓶落としの目の前(?)ちょうど真ん中辺りにオーブが来た時、光輝が叫ぶ。
「《全収納(オール・レセプト)》!!」
 その直後、オーブは重力に任せた自然落下をやめ、宙に浮く。そして、それまで出してそのままになっていた槍が、銃が、ステッキがオーブへ向かい飛んでいく。オーブに吸い込まれる様に集まる武器達。それらはオーブの近くにいる釣瓶落としを突き抜けて、オーブの中へと『収納』された。それらの武器に貫かれた釣瓶落としは消え去り、残るは1体、更に2倍の大きさへと膨らんだ釣瓶落としのみとなった。
 ちなみにさっきのは光輝が魔法を使った訳ではない。そもそも光輝は魔法を使えない。単に、あたしがオーブにつけたお茶目機能を発動させただけ。光輝はその機能を発動させるキーワードを言っただけなのだ。
 さて、残る釣瓶落としは1体。あたしの3倍以上はあるけど、でかけりゃいいってものじゃない。このあたしが言うんだから間違いない。うん。
「光輝っ、ジャンブ台っ」
「りょうかいやっ」
 その一言で光輝は釣瓶落としから少し離れてしゃがみ、両手を重ねて前へと出す。それを確認したあたしは、光輝のほうへと駆ける。そして、光輝の手に足をかけると上へ“跳”ぶっ!
「《風乗り(ウインドレイド)》! アンド、《風乗り(ウインドレイド)》リリース!!」
 あたしは上空で『風』の魔法を使い、体勢を整えるついでに勢いをつける。もちろん『風』で『蜘蛛』の子が散らない様に用事が済んだらすぐに解除する。あたしの足には物理ダメージを霊体や妖怪へのダメージに変換する《霊撃転化(アストラル・コンパート)》と、それを強化する《霊撃転化(アストラル・ブースト)》が既に掛けてあるからそれで十分だ。
 つうことであたしは叫ぶ。
「らんちゃぁ〜ん、キィ〜ック。」
 もろに某仮面のライダーのパクリ。でも、それでいい。そうでなくちゃいけない。やはり『蜘蛛の化け物』を倒すのはライダーキックじゃないと。
 あたしの蹴りは、釣瓶落としの腹にある顔の眉毛の間、人間で言う急所の1つ『眉間』に当たった。あたしの与えた一撃に低いうめき声を上げ、ゆっくりと消えていく釣瓶落とし。
 いや〜、あんだけおっきいと狙いやすいわ。やっぱし。

◆◇◆◇◆

 見事な飛び蹴りで釣瓶落としを倒した爛さんの元に、みんなも集まった。
「やりましたね、爛さん。」
「とーぜん。あたしにかかればコレぐらいちょちょいのちょいよ。それより、ヤオ。ゼロは助けられたの?」
「はい。あっ、でもまだこの中に。」
 爛に先ほどの勾玉を見せる。
「ふーん。なるへそ。これは『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』のレプリカね。通りで察知し難いわけだわ。」
 爛さんは僕から勾玉を受け取ると、額にあてがい、目を閉じて集中する。
「……。」
 爛さんはしばらくの間そうしていたが、ふう、と長く息をはいてからぼそりと呟いた。

「やっぱりいないか……。」
「えっ、ゼロ兄ならその中に。」
「あっ、う、ううん。なんでもない。そ、それよりもとっととこの中の魂を解放しちゃいましょ。つうことで、ほい。あんたにあげるからやって見なさい、ヤオ。」
 慌てて誤魔化した爛さんは、勾玉を僕に返し解放するように促してきた。
「えっ?! 何で僕が。」
「ヤオは同じ三種の神器、しかも本物だからこん中で一番相性がいいだろうし。それにあんたが持っていたほうが何かと便利よ? ゼロを好きなときに憑けたり剥がしたりできるしね。しかもゼロは自力で出ることはできない。」
 あっ。それ、風呂入る時とかに便利かも……
「でも、解放ってどうすればいいんです?」
 勢いで受け取ってしまったものの、まだ見習い魔法使いの駆け出しでしかない僕に使い方が分かる筈が……
「『汝の欲する所を求めよ、それが汝の法とならん』BY法の書(著:アレイスター・クロウリー)よ。」
 えっと?
「まあ、要するに答えは自分の中にあるってこと。あんたが『こうだ』と思った通りにやればいいの。それが正解なんだから。」
 と言われても……
「別に難しい考えなくても、適当でいいよの? テキトーで。」
「テキトーって。じゃあ、《解放(リリース)》とか……。」
 僕がなんとなく言った言葉に反応し、勾玉が淡く光りだした。そこから、囚われていた魂が、ひとつ、またひとつと、光の玉となって宙に消えていった。そして、最後に出てきた光玉は、消えることなく僕の体へと入ってき、僕の体は男の物へと変わっていった。そう、それはゼロ兄の魂だった。
「あぁ、戻っちゃった……。」
“おまたせ〜、寂しかったかヤオ? お兄ちゃんは寂しかったぞ?”
「そのまんま、一緒に逝っちゃってよかったのに……。」
“ちょっ?!”
 もちろん冗談だけど。僕らのそのやり取りを聞いて、爛さんと光輝、そして花魄は笑っていた。


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おまけ 〜R−12th:無駄な抵抗ユーズレス・レジスタンス



 翌日、僕たちはいつものように部室に集まっていた。あの花魄もいる。というか、暫くの間、ふしけんで面倒をみることになったそうだ。
「この花魄はちょいと変り種でね? 本来、花魄ってのは発生原因となった人間とは全く別の存在なんだけど、この子は原因となった男の子と同一人物みたいなの。特に霊力が強かったからなのか、単なる偶然かわからないけどね。」
 あっ、それで男っぽいしゃべり方をしてたんだ。まあ、でも、そんな事はどうでもいいかな。僕としては突然のマスコット参入の方が重要だから。
「あっ、そうそう。昼休みにヘイルから連絡あったわよ。解放した魂は無事あの世についたって。」
 爛さんがミルクココアのパックに口をつけつつ、そう言った。
“へぇ〜、それはよかった。で、”
「ん?」
“こいつの名前はなんちゅうの?”
「あっ、そう言えばそれ訊いてなかったわ。」
 ずるっ。思わずずっこける。
「あれから半日以上経っているのにですかっ。」
「しゃあないじゃない訊き忘れてたんだし。つうことであんたの名前はなんていうの?」
 爛さんとゼロに、そしてその場にいた僕と光輝の視線が花魄に集まる。
 チィ…? チッチ、チィ(名前? 小鳥遊玄朗太(たかなし げんろうた)だ。)
「えっ?!」
 げ、玄朗太って、に、似合わない。似合わなすぎる。外見はどう見ても可愛い妖精さんなのに。
 どうも、そう思ったのは僕だけではないらしい。花魄を覗く3人と目が合い、そして無言で頷く。
「へぇ、チィちゃんって言うんだ。」
 チチッ! チィ! チッチ、チィ!(違っ! 玄朗太っ! 小鳥遊玄朗太っ!)
「だから、チィちゃんでしょ?」
 チィ!(玄朗太!)
“チィ、だな。”
「チィ、よねぇ。」
「わいもチィって聞こえるわ。」
 チィ チチッチィ〜!(玄朗太、だっちゅうのっ!)
 本人以外の満場一致にチィちゃんが折れるのは時間の問題だった……。


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