玄関へ本棚へ


ヤオヨロヅ物語

\:隠者(The Hermit)
第五話 〜9th:秘密の守護者シークレット・ガーディアン

作:天爛/絵:ムクゲさん(URL



\:隠者(The Hermit)

正位置:隠れた存在・隠された事柄・精神的な物を求める・マイペース・研究心旺盛
逆位置:知恵の乱用・悪用・愚かな悪事・疑い深い・細かい事に拘る・孤独感をもつ


 その日はいつも通り何もない春の一日だった。変わった事と言えばリンちゃんが遊びに来ていることぐらい。
「遊びに来ちゃった。今日はお仕事が少なかったから、ヘイルおねえちゃんにお留守番をお願いして遊びに来ちゃった。」
 そして僕がある疑問を思いつかなければ、その日1日 ―― いや、それからの人生も『いつも通り』だった筈。でも、僕は思いついてしまった。どこからともなく、何の脈絡もなしに沸いてきたその疑問を、僕は小さな声で口にする。
「……僕の守護霊ってどんなのだろ。」
 爛さん達からゼロと言う名前だとは聞いてはいた。けど、どういう性格で、どういう姿をしていて、僕とどういう関係なのか、そんな、名前以外の事を僕は全く知らない。守護霊をしているぐらいだし、爛さんが放っているから悪い奴ではないとは思うけど……

 ええい、ままよ。思い立ったら吉日。考えているだけじゃわかる筈はない。そう一念発起してまずは一番近くにいたリンちゃんに尋ねてみた。……リンちゃんも天使なんだし、きっとわかるよね。
「リンちゃん。リンちゃんって幽霊を見れるんだよね?」
「うん、見えるよ。リン、天使だから幽霊さん、ちゃんと見えるよ。」
「じゃあ、さ。僕の守護霊ってどんなのか教えてくれないかな?」
 リンちゃんは小首を傾げてなぜそんな事を聞くのか不思議そうな顔をした。
「え〜とね、お兄ちゃんだよ。お兄ちゃんの守護霊はお兄ちゃんだよ。」
「えっ、どういうこと? 僕の守護霊が僕?」
 リンちゃんの言ってる意味がよく分からない。
「違うの。お兄ちゃんなの。お兄ちゃんの守護霊は、お兄ちゃんのお兄ちゃんだから、お兄ちゃんはお兄ちゃんなの。」
 えっと、ますます意味不明。仕方なく爛さんに助けを求めると ――
「あんた、鏡見たことないの?」
 と、一層謎が深まるばかり。
 そこで、そんなボクを見かねて代わりに説明をしてくれたのが光輝だ。
「あんさん、自分が『八咫鏡(やたのかがみ)』 ―― 変異霊媒体質ちゅうこと覚えとるか?」
「うん」
 変異霊媒体質。霊につかれた時、肉体にまで影響を受け(ほとんどの場合は部分的に)変質してしまう体質の事。例えば都市伝説で有名な口裂け女。実は狐霊に憑かれた変異霊媒体質の女性で、取り憑いている悪霊の所為で口が狐みたいに裂けているという説がある。
 で、僕は『八咫鏡(やたのかがみ)』と呼ばれる更に強力な変異霊媒体質だそうだ。『八咫鏡(やたのかがみ)』は憑依している相手と全く同じ姿になるんだけど、憑いてる霊が例え神クラスでも意識を乗っ取られる事はなく身体の主導権はあくまで僕となるらしい。
 ……さっきから『だそうだ』とか『らしい』を繰り返しているけど、そこは勘弁して欲しい。
 確かにこの1ヶ月弱で、2回も『変異霊媒体質』の何たるかを実体験した。けど生まれてから15年、この学校に入るまでは変異霊媒体質どころか幽霊さえ見たことなかったんだ。だから、まだ僕自身も信じきれていなかったりする。
「守護霊つっても、あんさんに取り憑いてるのと同じ様なもんやねん。まあ、つまりはあんさんの今の姿がそのまんま守護霊の姿つうわけや」
「あっ、そっか」
 なるほど、納得。って、ちょっと待て。僕はそんなにオカルトには詳しくないけれど、ちょっと変じゃないかな? だってさ……
「幽霊って成長するの?」
 光輝に投げたつもりの質問だったけど、代わり爛さんが答えてくれた。
「死んでいるんだから成長する筈ないじゃない。」
 やっぱりそうだよね。でも……
「だとするとおかしくありません? 僕、ちゃんと成長してますよ? 僕の姿が守護霊の姿だとしたら、生まれてからずっとこの姿じゃないと変なんじゃ。」
「「……あっ」」
 僕の疑問に思わず口を押さえる光輝と爛さん。どうやら想定外の疑問だったらしい。
「あ、天津の家は対霊じゃなくって、対魔がメインだから ―― 」
 そう言い訳する爛さん。
「と、とりあえず本人に聞いて見ましょ。その方が手っ取り早いわ。うん。ついでだからヤオ、あんたもゼロに会わせてあげる。ちょっと用意するから待ってて。」
 そう言い残して何かを取りに奥の部屋へ行ってしまった。


 しばらくの後、爛さんは一枚の古めかしい鏡を持ってきた。
「それはなんですか?」
「『八咫鏡(やたのかがみ)』よ。」
 えっ、『八咫鏡(やたのかがみ)』って僕の事じゃ?
「一般的に《三種の神器》って鏡とか剣とかきちんとした物質だと思われてるけど、実際はそうじゃないわ。じゃあ、なぜそう言われているかと言うと贋物というかレプリカがそう言う形をしているからなの。本物の性質に似た性質を持つ偽物ね。例えば『八咫鏡(やたのかがみ)』。本物は知っての通り遺伝子レベルまで変異する超変異霊媒体質のこと。で、そのレプリカは鏡の形をした祭具。形が変わる訳じゃないけど、神を始め本来映らない者の姿を映すことが出来るわ。で、『あめのむ ―― 」
「爛ねえやん、話が逸れかけてへん?」
 暴走しかけていた爛さんの説明に光輝が絶妙のタイミングで水を指してくれた。ナイス、光輝。
 逆に止められた爛さんはもう少しぐらい言わせてくれてもいいじゃないとばかりにジト目で光輝を見つつしぶしぶ話を元に戻す。
「……で、これがその『八咫鏡(やたのかがみ)』のレプリカ ―― と言いたいところだけど更にそのレプリカよ。まあ、これでもゼロの魂を映す分には支障はないはずだから。」
 爛さんは、そう説明してその鏡を立てかけると数歩離れて呪文を唱え始めた。
「《鏡よ、移りし姿を宙に照らせ(ミラージュ・シェード)》」
 ミラージュ・シェード。鏡像投影呪文と言って鏡に映った物を立体映像として宙に映し出す呪文だ。
「《神の姿の器の贋物(がんぶつ)よ 我が意に従い、その威を示せ 汝に宿すは神宿零 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ) の化身なり》」
 爛さんが呪文を唱えてすぐ、眩暈がしたかと思うと次の瞬間には鏡が光りだし、宙に像を結んだ。
 宙に浮かぶ僕そっくりの鏡像はゆっくりと目を開くと僕の方を向き、そして目を見開いたまま止まった。
 もしかして失敗? いや、爛さんに限ってそんな事はないだろう。そう思い爛さんの方を見ると ―― 爛さんも固まっていた。
 爛さんだけじゃない、光輝やリンちゃんも。それも全員が全員僕の方を見て、だ。まるで僕以外の時が止まったかのような錯覚に陥る。けど、掛け時計の針が進む音はそうではないと告げている。
 僕の後ろに何かあるのか、そう思って振り向いて見るけど何もない。
「あの――」
 どうしたのか? そう訊こうとして自分の声がいつもと違うことに気づいた。試しにもう一度。
「あ〜、あ〜、あ〜」
 やっぱり違う。明らかにいつもより高い。
 なぜ? 一瞬疑問符が頭の上に浮かんだ。けど、眼前の守護霊と思しき立体像に目が止まりすぐに答えらしき物に思い至った。
 僕は今まで目の前の守護霊(?)に憑かれていた。だから、その姿で生きてきたけど今はその守護霊に ―― 正確には誰にも ―― 取り憑かれていない。つまり、いま僕は僕本来の姿に戻っていると言う事?
 えっ、ちょっと待って。じゃ、じゃあ、いま僕はどんな姿になっているんだろ? 爛さん達の反応から考えるに今までの姿から想像も出来ない姿になっているんじゃ……。
 自分の姿が気になって、目線を下に向けてみた。
 小さいながらもささやかな胸のふくらみが……あるような気がするんだけど残念ながら大きくなった制服の所為で ―― 実際は僕の方が縮んだのだろうけど ―― よく分からなかった。
 触って確かめてみたい衝動にも駆られたけど周りに爛さん達がいる。流石に今はまずい。仕方ないので今すぐに確認するのを諦め、爛さんに鏡のありかを訊くことにした。
 流石に『八咫鏡(やたのかがみ)』のレプリカのレプリカを使うわけにいかないだろうし。
「爛さん、あのどんな姿になっているのか確かめたいんですけど、鏡、どこにあります?」
 すると、ギギギと言う効果音が付きそうな動きで奥の扉を指し、左手付き当たりに洗面所があると教えてくれた。
「ありがとうございます。ちょっと借りますね。」
 そう言い残して出て行こうとノブに手を掛けた瞬間に(あっ、そう言えばお約束だっけ)と思い出し、扉を閉める直前にぼそりと呟いてみた。
「 ―― そして時は動き出す。」



 バタン。
 その、扉の閉まる音で俺、神取零(かんどり ぜろ)は正気に戻った。
 そしてそれは他の奴らも同じ様で、銘々に吸い込んだまま止めてしまっていた息を吐き出そうとしてむせたりしている。
「こ、光輝? いまさっきのって ―― 」
 ヤオよね? そう爛がいうまでもなく光輝が答える。
「状況証拠からしてそうやと思うけど……」
「リンもヤオマお兄ちゃんだと思うよ。リンも。」
 さすがにそれまで男だと思ってた相手が実は女だったのを見せ付けられると、ある程度魂を見分けられる俺達4人でも驚く。
 いや、見分けられたから余計かもしれないな。なんせ、今の今まで魂さえ男のそれと変わりなかったのだから。
「どうやら『八咫鏡(やたのかがみ)』はワイらが知ってた以上に強力なもんやったみたいやな。」
“ど、どう言うことだ?”
 光輝の呟きの意味を量り損ねた俺は尋ね返した。
「多分やけど『八咫鏡(やたのかがみ)』は肉体だけやなく霊体にも憑依している霊の姿を投影するんやないやろか。」
「要するに変異霊媒体質ならぬ変異霊媒霊質って所?」
 そう返したのは爛。
「そや。」
 光輝が頷き、同意であることを示した。



 ちょうどその頃、僕、神取八百万は洗面所についた所だった。早速、洗面台に取り付けてある鏡を覗きこむ。
「……これが、僕?」
 映っていたのはいつも鏡で見る父さん似の凛々しい顔ではなく、母さん似のどちらかと言うと可愛らしい女の子の顔。
 念のためにあっかんべーをしてみる。鏡の中の顔もあっかんべーをした。
 鼻を摘まんでみる。鏡の中の顔も同じく鼻を摘まんでいる。
 調子に乗って頬をムニムニ。すぺすぺしてとても柔らかい。もちろん鏡の中についてはもう言うまでもない。
 うん。顔は間違いなく鏡の中の女の子だ。
 で、でも、とてつもなく女顔の男って可能性もあるわけで。胸をドキドキさせながら、恐る恐るその高鳴りの元へ右手を運ぶ。そしてソレは確かに
「……ある。

 で、でも、制服の上からだから勘違いかも知れないし……」
 そう自分に言い訳し、制服の下へ右手を滑り込ませる。
「んっ」
 ……予想していた膨らみは小さいながらも確実にあった。



「要するに、ヤオは本来『女』として生まれるはずが、生まれてすぐ ―― というか生まれると同時にゼロに憑かれたから『男』として生きる事になった。そう言う事ね?」
「そう考えるのが無難やな。」
 そう言えば、八百万が生まれるまでは両親は俺に妹が出来るって言ってたな。
 それが実際に生まれたのが男の子だったもんだから病院中てんやわんやになっていたっけ。



「し、下も確かめとかないといけないよね。両性具有って可能性もなきにしもあらずだし……」
 そんな意味不明な言い訳をしながら、空いている左手を恐る恐る下半身 ―― 男のシンポルのあった場所へ運んだ。
 そして予想は確信に変わった。
「……ない。

 僕、本当は、女の子、だった、んだ…………」


「じゃあ、本題に戻るけどなんでゼロに取り憑かれていたヤオは成長してたの?」
 そういや、本題はそこだっけか。
「わいにもわからへん。けど、子供の時に死んだハズのゼロはんが、いまワイらと同じ高校生ぐらいの背格好なのと関係あるんやないやろか。」
 そういや、八百万が歳を取るにつれ俺自身も成長してるな。
“ん〜、俺にもよく分からんのだが、八百万が生まれた時に俺も一緒に生まれたらしいな。事実、俺自身も成長してるし。”
「正解だよ♪ それが正解だよ♪ 生きてるの。ゼロお兄ちゃんは生きてるの。」
「リン……。もしかしてあんた気付いてたの?」
 爛が意外な所からの『正解』コールに驚きの声をあげた。
「うん、リンは知ってたの。リンはこう見えても魂の輪廻を司る転生の天使だから知ってたの。」
 微妙なニュアンスが違うが流石は転生の天使と言うところか。


 ちょうどその頃、一通りやる事をやった僕は部室へと繋がる扉のノブに手をかけた。
 あっ、『やる事』って言っても別にやましい事をしてた訳じゃなくていわゆる『お約束』の事だよ?
  ―― ガチャ。
 僕が扉を開け、部屋に入ると爛さんたちの視線が僕に集まった。思わずその場で固まる。
 数秒後、なかなかみんなの所に戻ろうとしない僕に焦れたのか爛さんから僕の方に寄って来て尋ねた。
「一応確認するけど……、あんた、ヤオ、よね?」
「えっ……?」
 一瞬どうしてそんな事訊くのが解らなかったけど……。そうか僕は今、いつもの姿じゃないんだっけ。
「あっ。そうです。神宿八百万。黎萌学園1年、神宿八百万です。ほら、神託証(カード)も二枚持ってます。」
 そう言って二枚の神託証(カード)を見せる。
 軽装の若者が描かれた『O』のカード、とランタンを持った老人が描かれた『\』のカード。そういや爛さんは『O』の方が僕のだとはじめてあったときに言っていた。
「『愚者』と『隠者』……確かに、ヤオね。」
 爛さんはカードを見て納得してくれたようだ。だからという訳でもないけど僕からも質問を返す。
「で、えと、もしかして僕、ホントは女の子だったんですか?」
「みたい。」
 そう、困ったような、何とも言えない表情で答えてくれた。爛さんのその表情がなんだかとても可愛らしい。
「と、言う事はこんなことしてもモーマンタイ?」
 決死の覚悟で爛さんをぎゅっと抱きしめてみる。もしNGだったら……、それを考えることは敢えてしない。後悔しても既に賽は投げられちゃってるし。
「ま、まあね。」
 その答えを聞き、ほっと一息。
 よかった。もし一次的に女になっているだけなら拒絶なり報復なりされているはず。という事は正真正銘女の子だったんだ。ホントに女の子なんだからもう『可愛い』を我慢しなくていいんだ。
 僕がそうして幸せを噛み締めていると 僕の守護霊 ―― ゼロにジャマされた。
“お〜い、そろそろいいか?”
「あっ、そうね。」
 守護霊にそう言って、爛さんが僕の手から抜け出してしまった。むぅ。残念。
 仕方ない。ここは代わりにリンちゃんで……
「って、そういえばリンちゃんは?」
 辺りを見回してもリンちゃんの姿は見当たらない。 「さっき連絡があって、慌てて帰ったわ。」
「えっ、そんなぁっ。な、なんで?! 何でなんですがっ!?」
 リンちゃんという当てが外れた僕はやるせない気持ちになる。このやるせなさをどこにぶつけたら……。そう思っていたら守護霊の姿に目に入った。そうだこいつがジャマしなければまだ幸せが続いていたんだ。
「どうやらヘイルがヘマをやらかしたらしいわ。」
「いつものこっちゃな。」
 だから、守護霊なら僕の幸せを奪わないでよ、そう念を込めて守護霊に恨みがましい視線で睨んだ。すると、申し訳ないような顔をしたので、少し気が晴れた。
 
「ほら、ゼロっ。自己紹介しなさい。」
 守護霊の傍で振り返った爛さんが守護霊に自己紹介を促す。
“いきなりかよ。まあいいけどさ”
 そう一言ぼやいてから自己紹介を始める守護霊。
“あ〜と、なんて言えばいいか……。あ〜、俺は神宿零(かんどり ぜろ)。15年前お前が生まれる直前に交通事故で死んだ正真正銘お前の兄貴だ。”
「えっ、僕の? でも、僕のお兄ちゃんが死んだのって、お兄ちゃんが8歳の時……」
“そう。その8歳で死んだ兄ってのが俺。と言っても、どういう訳かヤオマと一緒に生まれて生きている守護霊として一緒に成長してきたんだけどな。”
「そっか。だから、僕もキチンと成長してきた……。」
「そういうこと。」
 僕の呟きを爛さんが受け止めた。
“しかし、こうしてヤオマと話せる事になるとは夢にも ―― ”
「あに、うそ言ってんのよ。今まででも話そうと思えば話せたでしょ〜が。」
 僕の守護霊 ―― ゼロ兄の言葉尻をとって爛さんがツッコミを入れる。
“うぐぅ”
 そう言われて、ゼロ兄が言葉を詰まらせる。
「えっ、そうなんですか? でも僕、霊感がないんですよ?」
「それもこいつの仕業。よく考えてみなさい。三種の神器たる『八咫鏡(やたのかがみ)』であるあんたが霊能力の一つも持たないってのは妙な話でしょ。」
 あっ、そう言われてみればそうかも。
「ヤオには本来霊能力が備わっていた。でも、ゼロがそれを相殺してたから霊能力が封印されたような状態になっていた訳。」
「そうだったんだ……。でも、何でそんなことを。」
 ゼロ兄の方へ視線を移す。
“だって、さぁ、俺の所為で弟を変人扱いさせるのは嫌だったし、まあ、陰から守っているだけで俺は十分だったし?”
 そう言って頬を掻き恥ずかしそうに顔を背ける。
「ゼロ兄、僕の為に……」
 ちょっと、感動 ――
「で、ゼロ兄。一体何をしてるのかなぁ?」
 ゼロ兄は手を広げて何かを待っている。
“いや、ここは兄の心遣いに感動した可愛い妹が胸に飛び込んでくるシーンかと……”
 ニヤリ笑いを浮かべるゼロ兄。はぁ、なんか感動して損した。
 そんなバカ兄を無視して、僕は爛さんに話を振る。
「あっ、そういえば爛さん?」
「うみ?」
 いきなり話を振られた爛さんは、そんな返事を返した。
“ちょっ、放置プレイっ?!”
 そんな分かりきった事を吐くバカ兄を、きっぱりと無視する。
「バストのカップの測り方って知ってます? ほら、女性だったからにはやっぱり可愛いプラジャーを付けないと。」
「やけに可愛いを強調しているようだけど ―― 」「『可愛い』は正義ですっ!!」「あっ、そう。」
 爛さんは僕の主張を半ば無視して言葉を続ける。
「ともかく、私は知らないわ。ていうかあたしには必要ないし。」
 そう言って胸を張った。
「ちょっと空しくないですか?」
「……ちょっとね。でも、それを言うならあんたも要らないんじゃない?」
 そういう爛さんの視線は僕の胸元。
「う゛っ。確かにそうかも知れないですけど。ま、まだ可能性はっ。」
“ヤオ。大丈夫だ。お兄ちゃんは小ぶりなら小ぶりで可愛くていいと思うぞ? つか、ビバ小ぶり!!”
 爛さんの一言で落ち込んだ僕をゼロ兄がフォローしようとしたけど、まったく持ってフォローになどなっておらず……
「小ぶり、小ぶりっていうなぁぁぁぁぁ」
 次の瞬間には僕の右手がゼロ兄の腹に突き刺さていた。
“ぐふっ”
 ゼロ兄は目をまん丸に見開いたまま、くの字に体を曲げ、そしてそのまま倒れてしまう。
「ちょっ。ヤオっ。あんた一体なにをやったのよっ?!」
 僕のしたことを見ていた爛さんが予想外の事に驚きの声を上げた。
「あっ、ついうっかり手が出ちゃいました。」
「違うっ、そんなことはどうでもいいのっ!」
 いいんだ……
「あんた、なんでゼロを殴れた訳?!」
 あっ、そう言えば。でも ――
「僕にも元々霊能力があったんならそれぐらいできてもおかしくないんじゃないですか? 封じてたゼロ兄も今は憑いてない訳ですし。」
 そう。僕は神器と呼ばれるほど霊的に珍しい体質なわけだし。 「アレはあくまでも幻像であって霊体じゃないのっ。だからどれだけ霊能力があっても殴れないはずなのよ?」
「え゛っ? な、なら、ゼ、ゼロ兄の演技ですよ。たぶん。ほら、ノリが良さ ―― 」
「ホントに気絶しとるみたいやで?」
 『良さそうだし』と言い切る前に光輝が口を挟む。えっ、とすると……
「……なんで?」
「だから、こっちが訊きたいわよ。」
 首を傾げる僕と、頭を抱えて呆れる爛さん。
「と、とりあえず、ヤオマは『八咫鏡(やたのかがみ)』やからその関連で鏡像を殴れたってことでいいんちゃう?」
「まあ、それでいっか。」
「いいんですかっ?!」
 爛さん投げやりな言葉に、思わず突っ込む。
「いいの。この世界の魔法は納得したもの勝ちなんだから。」
「そ、そんなアバウトな。」
「まあ、偶然でも何でも魔法の詠唱無しで幻像を殴れたんだから、そういう系統の魔法を使う才能があんたにはあるんじゃないかしら。後で役に立ちそうなのと併せて何個か教えてあげるわ。……もしかしてゼロを殴っときながら魔法を使える筈ないとは言わないよね?」
「それは言いませんけど……」
「じゃあ、決定♪」
 そう言うと爛さんはテーブルから椅子を持ってきて僕の横に置くとその上に立つ。そして左手を僕の肩に置き、右手で窓の外を指差し言い放った。
「ヤオっ、あれが魔女っ娘の星よっ♪」
 まだ日も暮れてないのに星なんて。そう思いつつ、爛さんが指差した方を見る。
「眩しっ。って太陽じゃないですかっ!!」
「そっ、おっきくて見つけやすいでしょ?」
「確かに見つけやすいですけど、太陽はどうかと……。それに魔女っ娘らしくないです。せめて……」
 そこまで言い掛けて僕は口を噤んだ。
「せめて?」
 もちろんそれを見逃す爛さんではない。僕がどうやってうやむやにしようかと考える間も与えず突っ込まれてしまった。
「う゛」
 爛さんは早く続きを言いなさいとばかりに僕の目を覗き込む。
「って、僕で遊んでません? いい暇つぶしが出来たとか思って。」
「あっ、バレた?」
 爛さんは悪びれるもなくあっさり認める。
「で、何が『せめて』なの。」
 そしてしつこく訊いてくる。だから僕も諦めて答えた。
「太陽なら明るいイメージがあるし、せめて魔法少女かなって。魔女っ娘だとやっぱ月ですね」
「なるほど。箒に乗って夜空を飛んでるイメージかぁ。」
 そう言って一人納得する爛さん。
「って、そうじゃなくって。」
 いきなりの僕の言葉に爛さんが目を丸くする。 「す、すみません。で、でも正直なところ、本当はちょっと不安です。」
「そう? でも大丈夫よ。あんたは魔法を使える。それはあたしが保障するわ。」
 確信に満ちた目で爛さんがそう言い放つ。
「あっ、いえ、そうじゃなくて。自分が本当は女性だって事は頭の中では分かってるんです。けど、やっぱり……。」
 そこまでで僕は言い淀む。
「ちょっと意外ね。あんたは、これからは『可愛い』服を着れるんだ、ラッキー、とか思ってると思ってたわ。」
「そりゃ、『可愛い』服はとても魅力的ですけど、生まれて15年ずっと男性として生きてきた訳で……これから女性として生きていけるか不安です。」
 そりゃ最初はちょっとはしゃいていたけど、いざ女の子として生きるとなると、今までの人生と180度違う人生を歩かないといけないと言うことになるとやっぱり……。 「なるほど、ね。あたしは本来の性で生きる事を勧めたい所だけどね。まあ、どうせあんたが女として生きるにはいろいろ ―― 例えばゼロの新しい依り代の用意とかをしなくちゃいけないし……」
 そこまで言うと人差し指の第二間接を口元に当て少し考えてからこういった。
「そうね、2年。あたしが卒業する2年後までに答えを出しなさい。このまま男として生きるか、本来の性である女として生きるか、どっちかをね?」
「はい」
“ま、爛が留年しない事前提で2年だな。……2年なんて言い切って大丈夫か?”
 そう口を挟んだのはゼロ兄。いつの間にか目を覚ましてたらしい。
「うっさい。余計な心配よ。」
 そう言って爛さんが裏拳で突っ込みを入れようとしたけど、それはスルリと通り抜けて。
“効かないよん♪”
 ゼロ兄は余裕といった体で爛さんに向かってあっかんべーをしている。
「くっ。こうなったらヤオっ。コーキを、ううん、ヒカリを明日一日貸してあげるから代わりにお仕置きをするのよっ!」
「え゛っ」
 爛さんの言葉に焦ったのは、今まで傍観していた光輝だ。
「ひ、光ちゃんって、確か光輝が女の子になった時の?!」
 そう、『光(ひかり)』というのは爛さんの魔法で女の子になった(された)光輝がさらに《パラドクスノウト》を使われたときの名前だ。
 あっ、ちなみに《パラドクスノウト》と言うのは周囲から元々そうだったと思わせる魔法。正式には認知阻害系相違否定呪文という名前だったりする。まあ、どうでもいい話かもしれないけど。
「ええ、もちろん。朝一で変身させるから放課後は着せ替え人形にでも好きなようにしたらいいわ。まっ、男状態でやると問題ありそうだけどね。」
 うっ、それはかなり魅力的で迷うかも。その時はゼロ兄を外してもらえばいいわけだし。で、でも
「そ、それに光輝だって嫌がって ―― 」
僕の頭の中にこれでもか、ってくらい可愛い服を着た光ちゃんが恥しがっているしんが脳裏に浮かぶ。か、可愛いかも……
“ぐふっ”
 その瞬間、ゼロ兄がいきなり倒れた。
「えっ?」
 気付くと僕の拳はいつの間にかゼロ兄が立っていた辺りに突き刺さっていた。ど、どうやら無意識の内にやっちゃったらしい。
「あはははは……。つい、思わず。」
 と、とりあえず笑って誤魔化す。
「ぜ、全然見えへんかった。」
 武道にもかなり自信のあった光輝が冷や汗を流した。こう見えても光輝は下手な一流には負けない程度の腕はあるらしい。
 や、やっぱり『可愛い』は最強だよね?
“い、いや、いいのかそれで……。がっくし”
 なんか足元で気を失ったみたいだけど、気の所為だよね。うん。

 とか何とかしてる内に
「……あの、爛さん?」
 声を小さくして話しかける。
「なに?」
 いきなり声を潜めた僕に爛さんは不振な表情を向けた。
「女子トイレって本当に必要なんですね。僕はてっきり化粧直し専用とばっかり思ってました。」
「は?」
「いや、だから……行きたくなっちゃいました。」
「あぁ、なる。なら行けば良いじゃない。それともあたしが付き添ってあげようか?」
「あの、いや、こ、心の準備がまだ……。だ、だから、アレを戻して欲しいんですけど」
 アレ、つまりまだ気絶しているゼロ兄を指差す。
「まぁ、良いけど……。もし、女として生きるつもりならとっとと慣れなさいよ?」
「は、はい」
 そう答えた僕の顔が真っ赤になってるだろう事は想像するまでもなかった。


\:隠者(The Hermit)※逆位置
おまけ 〜R−9th:暴かれた陰謀ミッシング・ミッション



 その日の夜、風呂に入ろうとシャツを脱いだ瞬間、突然女の子の体に戻ってしまった。
「えっ……」
 いきなりの事で僕は小さく驚きの声を上げた。けど、すぐに気を取り戻し爛さんから教わったばかりの《霊視(アストラル・ヴィジョン)》と《霊聴(アストラル・ヒヤード)》を密かに使ってみた。
 するとどうだろう。《霊視(アストラル・ヴィジョン)の効果で霊体が見えるようになった僕の眼の前には、僕の胸元を見てなにやら難しい顔をしているゼロ兄が。
“ふむ。確かに胸が足りんな。よし、お兄ちゃんが大きくして ―― ”
 指をワキワキさせながら手を伸ばそうとして、僕と視線が重なり固まる。
“……も、もしかして見えてる?”
 見えてると気付いたゼロ兄。僕はそんなゼロ兄にこくりと頷いて返す。
「へぇ、お兄ちゃん自分の力で分離(?)出来たんだ?」
“ま、まあな”
 だんだんとゼロ兄の顔から血の気が引いていく。
「で、難しい顔をしてどうしたのかなぁ」
 理由はなんとなく分かるけどここは敢えて訊いてみることにした。
“い、いや。胸小さいのを気にしてる様だし、妹の悩みを解決してやるのは兄の義務みたいな?”
 霊体のくせに滝のように脂汗を流して言い訳するゼロ兄。どうやら言い訳にすらなっていないことに気付いてないらしい。
「お兄ちゃん、お気遣いありがと」
 顔に微笑みを浮かべ、その実、全く逆の意味を込めたお礼を言って。
“お、おう”
 上ずった声で答えたゼロ兄の顔からはもう完全に血の気が引いている。
「で、他になんか言う事はある?」
 僕の放つ殺気が膨らむ。
“あ、あのな? ヤオ”
「うん」
 返す言葉は限りなく冷酷な声。
“言うべきじゃないかもしれないけど……”
 ゼロ兄は少し躊躇し、けどやがて観念して続きを言った。
“もうちょっと女の子としての恥じらいを持った方が良いと兄ちゃんは思うんだか……。つか、そう堂々とされるこっちが逆に恥ずかしい”
「えっ?」
 とっさに何の意味がわからず間の抜けた返事がでた。

 ここで現状整理。まず、僕はお風呂に入ろうとしていた。そしてシャツを脱いだ瞬間つまりパンツ一丁の状態で女の子に戻った。そして今僕は、腰に手をやり仁王立ちでゼロ兄を睨んでいた。そう、言うまでもない。男のつもりで胸を晒し出してたわけだ。途端。
 僕の顔が真っ赤に染まり、タオルを掴んで慌てて隠す。
 刹那、「いい加減に、見んなぁ〜!!!」
 僕の方向と共に指が2本、ゼロ兄の目に突き刺さった。
“目がっ、目がぁ〜”
 ゼロ兄が目を抑えて転げまわる。僕はそれを無視すると最後の一枚を脱ぎ捨て浴槽に入った。まあ、自業自得と言う奴だ。ほっといてもいっか。
 
 言うまでもなく、その時の僕にはこれがいつもの日課になるとは分かるハズはなかった……
 




《後書きというかなんちゅうか》
 はい、天爛です。第5話です。
 …………。 爛「初っ端から黙り込んでどうしたの?」
 うみぃ、後書きが思いつかない。どうしよ。
爛「なら後書きなんて書かなければいいじゃない。」
 いや、そういう訳にもいかないだろ。この後書きを楽しみにしている希少な人が……
爛「いると思う?」
 ま、まあ他にも告知っぽいのあるし?
爛「そこ、自信ないからって目線を逸してごまかさないの。」
 うぐぅ
爛「で、告知って?」
 ああ、今回ヤオの正体が明らかになったから第一話でコメントにしてたの解除をしようと思って。
爛「んなもん。見たい人はソースファイル開いて勝手に見るわよ。」
 いや、見れない環境って有るじゃない。携帯とか。
爛「ああ、なるほど。」
 まあ、タロット絵も通常パターンと変えてるから一度ソース表示で見た人も見てみてください。
 んでは、今回はこれぐらいで〜。
爛「こらこら、忘れてる忘れてる。」
 ほえ?
爛「解放版のURL。」  あっ……
爛「ここでいいのよね?」
 お、おう。サンキュ。
爛「と言うところでこんなボケた作者はともかく、あたし達を今後ともよろしく♪」
 ちょ、勝手に終わ ――




玄関へ本棚へ