私立黎萌(れいぼう)学園。とある県とある市の降魔山(こうまざん)の麓にある共学高で、学業のレベルで言うと中の上辺りに位置する。
この高校、入学時にランダムで数名、在学中の学費が全て免除になるという風変わりなシステム ―― 神託学費免除制(オラクルシステム)と言うものを導入しており、その学費免除が目的で受験する学生も結構いるらしい。
そう、もちろん、僕もそのシステムに吊られた口だ。
まあ本当に当たるとも思ってなかったから、滑り止め感覚だったんだけど、見事にその内の一名 ―― 神託生(オラクルメート)に選ばれてしまったりして。
で、そもそも第一志望の高校も家からの距離で適当に選んだ僕にとって、黎萌学園に不満があろう事なく、まして、親の「黎萌行くなら小遣いUP」という言葉はとても魅力的だったわけで……。
まあ、そんなこんなで僕はこの春、めでたくこの黎萌学園に入学した。
ヤオヨロヅ物語
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第一話 〜0th:踏み出した一歩〜
作:天爛
絵:ムクゲさん( URL)
0:愚者(The Fool)
正位置: | 0からの出発・積極性がきめ手・可能性がある・思い切って行動する |
逆位置: | 間違った方向に進む・気まぐれ・現実逃避・計画性がない・軽率な態度 |
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長くなると予想していた学園長の訓示がものの数秒で終わった為、入学式もすぐに終わり、僕は割り振られた教室に戻った。
すぐに終わってよかった。と喜べるかと言えばそうでもなく ―― 最初の授業と言っていい物か迷うけど ―― 空いた時間を利用しHRと称して自己紹介をする事になってしまった。
「次。天国(あまくに)君、自己紹介お願い。」
『天国』と呼ばれた生徒は起立し、自己紹介を始めた。一言で言うとさわやかなスポーツマン風の好青年。
身長は高めの175cmぐらいだろうか。体も引き締まっており明らかに運動全般が得意なのが見て伺える。
ちなみにもてる、もてないかと言うと確実にもてる方の部類だ。
「わいの名は、天国光輝(あまくに こうき)や。英語で言うとシャイニング・ヘブンやね。あっ、ヘブンってゆうてもテンゴクやないで? 読みは『あまくに』やから気ぃ付けたって。あっ、なんなら光輝って呼んだらええわ。まあ、今後ともあんじょうよろしゅうな」
その後、適当に5〜6人の生徒の自己紹介を聞き流すと、また聞きなれた名前が呼ばれる。
「次。神宿(かんどり)君」
名を呼ばれた生徒が「はい」と返事して椅子から腰を上げる。
平均並みの身長のその生徒は多少伸びた髪を後ろに纏めひとつにしている。
髪をまとめてはいるが、父親似とよく言われる事からも分かる様に誰がどう見ても男子。
あっ、ちなみに僕の事。
「あっ、はい。え〜と、神宿八百万(かんどりやおま)です。神の宿で“かんどり”、八百万、ヤオヨロズと書いて“やおま”と読みます。趣味はかわ ―― あ、いえなんでもないです。あとは、え〜と……、こ、今後ともよろしくお願いします」
なんとも微妙な自己紹介を済ませ、自席に腰を下ろして一息。
言うまでもないと思うが、僕は自己紹介が苦手だ。
特に特技も趣味もなく至って、普通 ―― ごめん、趣味がないと言うのはうそ。でも、男のクセに可愛い物を集める事が趣味なんて言えないよね、普通は。
こんな僕が神託生(オラクルメート)になる位だから、本当にランダムで選ばれてるんだなと思う。
ちなみに、僕が神託生(オラクルメート)なのは特秘事項。バラしてもいいのは親類以外では、同じく神託生(オラクルメート)である生徒だけらしい。まあ、お互いに隠しあっているのだから、他の神託生(オラクルメート)に出会うことは無いだろうとその時は思っていた。
「次、北小金井川満黄路橋袂(きたこがねいかわまのおうじはしたもと)君。って、長っ!!」
◆◇◆◇◆
入学初日の授業(?)を終えた。担当教師が終了の合図をすると、同時に帰り支度を始めるクラスメートがちらほら見える。
「そうそう、言うのを忘れてたけど、さっそく今日からクラブ活動の勧誘始まってるから、興味ある人は色々見て回るといいわよ。あっ、一部キャッチセールスモドキみたいなトコもあるらしいから、変なとこに入れさせないようにね。じゃ、今日はこれで。ちなみに明日からは普通の授業だから、教科書忘れないようにね」
そう言い残し担任の教師が教室を後にすると、教室の中は途端に騒がしくなった。何人か集まっているのは出身校が同じ人たちだろうし、さっさと帰ろうとしてるのは同じクラスに顔見知りがいない人たちだと思われる。
もちろん、後者に該当する僕もさっさと帰えるつもりだ。とは言っても、今日は約束も無いし、どうしようか。
「なんや、神宿。あんさん、もう帰るんか?」
とか考えてると天国君が声を掛けてきた。
実はというと、彼とは少なからず面識があったりする。まあ、あると言っても受験の時に二三言葉を交じわらせただけなんだけどね。
でも、遠方から下宿で入学した僕にとって、一応でも顔見知りが同じクラスにいるというのは割と心強かったりするかも。
「あっ、うん。特に予定も無いし……。そういえば、天国君も同じクラスなんだね。僕、他に顔見知りがいないから同じクラスになれて嬉しいよ」
「ほか。そう言って貰えるとわいも嬉しいわ。んじゃま、良ければ光輝って呼んだって。その方がダチっぽくっていいやろ?」
「分かった。じゃあ、こっちもヤオマでいいよ」
「了解や」
僕らはそう言うと笑顔で握手を交わした。特に意味もなく、何となくだけど。
「ところでヤオマ、今日これから暇か?」
「うん。ちょうどこれからどうしようかと悩んでた所」
「よっしゃ。なら、ちょっとつきあってくれへんか?」
「えっ、別にいいけど、どこ行くの?」
「二年に従姉がおるんやけど、そこへ挨拶しに。同じクラスになったらつれて来いってゆうてたし、ヤオマも興味あるやろ?」
「えっ?」
どういうことだろう。あった事も無い人が僕に用事なんて。それに僕も興味ある?
「ん? 興味ないんか? 爛ねぇやんは前年度の神託生(オラクルメート)やで?」
「ふうぅん……っ!? えぇっ!! 前年度の神託生(オラクルメート)って光輝の親戚!?」
「そや、俄然興味沸いて来たやろ?」
「う、うん。」
「ほな、出発や。」
◆◇◆◇◆
僕は光輝に連れられて部室棟に来た。目的地はその最上階、つまり三階の一番奥の部屋。そこに光輝の従姉が居るらしい。
目的の部屋の前に来た。クラブ名を示す立て札には『フシケン』と書かれている。……いったい何をやってるとこなんだろう。
ま、取り敢えず光輝の従姉に聞けばいいよね?
そう思い、ドアに手を掛けて開けようとした時、光輝が止めた。
「あかんで、ヤオマ。そのまんまだと、誰もおらへんで?」
「へ?」
「まあ、ちょい待ち」
そういうと光輝は先ほど誰も居ないと言ったばかりのドアの向こう側に声を掛けた。
「……ねぇやん、おるんやろ」
“ん? 光輝?”
中から声が聞こえる。どうもなんか幼い感じのする声だ。
「そや。ねぇやんが言ってたやつ、連れてきたから“繋げて”くれへんか?」
“わかったわ。ちょっと待ってて……《位相結合(ゲートリンク)》。 ―― ん、繋がったわ”
「もう開けてもええで。あっ、でも壊さんといてな?」
「あはは、誰も壊さないよ」
「ヤオマに言ったんやないんやけどな。まあ、ほんま壊さんといてや?」
「だから、壊さないって」
「ん、そう言って貰えたらうれしいわ」
「……さっきから微妙に噛み合ってない気がするんだけど?」
「そか、まあ、気のせいって事にしてさっさと入ったって」
「うん」
「そんなに怪しまんでも、別に取って食う訳やないし……」
「えっ、僕は別に怪しんでなんか」
「だから、ヤオマの事ちゃうって」
手を振りながら答える光輝。まぁいいけどさ。じゃあ、そろそろホントにドアを開けるよ?
僕は手を伸ばしドアを開ける ―― 前にドアの方が勝手に開いた。もしかして ――
「いや、ちゃうで?」
光輝が手を横に振る。えと、僕はまだ何も言ってないよね?
「さっきから何やってんのよ。あんた達……」
さっき扉の向こう側からした声が聞こえた。声のした方に目を向ける。そこには ――
「はい、そのベタなボケかました奴、後で説教ね」
えと、目の前の少女にいきなり意味不明な事言われたんだけど……?
「あの〜、僕まだ何も言ってないよね?」
「……もしかして気付いてないの?」
「みたいやで?」
「ふ〜ん。まあ、いいわ。取り敢えず中で話しましょ」
「そやな」
◆◇◆◇◆
部屋の中に入ると、予想以上に広かった。なにやら奥に部屋もあるようだし。
にしても、他に人がいる様に見えない。という事は目の前にいるこの人が ――
「光輝の従姉?」
「そや。従妹やないで、ホントに従姉やで?」
確かに、でもどう見ても年下にしか見えない。それも一歳や二歳ところじゃなくて ――
「あたしは小学生じゃないっ!」
「あっ、いや、そこまでは……。えと、ごめんなさい」
「あんたに言ったわけじゃないんだけど、まぁ、いいわ。取り敢えず自己紹介ね」
「黎萌学園2年、天津爛。爛でいいわ。この不思議研究会、通称フシケンの発足者にして、会長よ。よろしく。ちなみに身長の事に触れるのはタブーだから心得ておくようにね」
そう自己紹介されて、改めて天津爛と名乗る光輝の従姉を見る。
少々癖の混じったロングヘアのくりっとした愛嬌のある瞳を持つ彼女は、どこで手に入れたのか分からないが120cm程度の小学生並みの背丈にあったこの学校の制服を着ている。
そして、学年を表すタイの色は確かに、彼女が2年つまり先輩である事を示している。
「あっ、僕は ―― 」
「あんたの事は知ってるからいいわ。何回もするとシツコイっと思われるし」
「そうですか……」
「ついでにワイは ―― 」
「光輝も、もういらないと思うよ?」
「じゃあ、二人ともよろしくね♪」
◆◇◆◇◆
「で、あんた達を呼んだ理由なんだけど ―― 」
「あっ。そ、その前にいいですか?」
「ん、いいけどなに?」
「さっき、光輝から爛さんも神託生(オラクルメート)だって聞いたんですけど……」
そう言って、ボクは光輝に目をやる。そう言えば、光輝には神託生(オラクルメート)だと言う事を秘密にしないといけないんだっけ……。
それは爛さんも同じはずなんだけど、なんで爛さんは光輝にその事をバラす様に仕向けたのだろう。
「あっ、その事なら気にする必要はないわ。光輝もそうだから」
「へ? 光輝も?」
「そや。言い忘れとったけど、ワイも神託生(オラクルメート)や」
そう言って、光輝は一枚のカードを取り出した。
それはローマ数字の『X』と1人の男性が書かれたカード。
ボクが神託生(オラクルメート)の証としてもらったのとほぼ同じ……
「ね?」
そう言って爛さんはボクにウインクした。
「ちなみに、あたしのはこれ」
爛さんもどこからともなくカードを出す。
ローマ数字は『T』で魔法使いっぽい男の絵のカードだ。
「で、あんたのは?」
「ボクは……」
少し躊躇し、
2枚のカードを取り出す。そう、ボクにはなぜか2枚も届けられたんだ。
あっ、あとで間違いじゃないかと確認しようと思ってたんだっけ。
「あっ、やっぱり。二人分いってたのね」
えっ?
「『やっぱり』って?」
「『O』と『\』か、なるほど」
「あ、あの、爛さん?」
「あっ、ごめんごめん。要はカードが2枚行ったのは間違いじゃないって事」
「そうなんですか?」
「こっちの『0』はヤオマあんたに、もうひとつの『\』は……」
爛さんは、散々もったいぶった上で ――
「ヒ・ミ・ツ・♪」
ずこっ。
「な、なんですかそれ?!」
「まあ、いずれ分かる日が来るから、楽しみにしておきなさい」
「は、はぁ〜」
◆◇◆◇◆
「そ、それよりも ―― 」
爛さんは明らかに何かをごまかす風に話をはぐらかした。
「二人とも、ウチの部に入ってくれるのね? ありがと〜♪」
「はい?」
思わず耳をうたぐる。
「えと、今なんと?」
「だから、入ってくれるんでしょ。フシケン」
「僕はそんな事、一言も……」
「えぇ〜、入らないってゆうの?! そっか、男に二言はないってやっぱり嘘なのね。しくしく」
ハンカチを目に当て床にしな垂れ落ちる爛さん。口で『しくしく』って言っているのがポイントだ。
要するに嘘泣きだとバレバレなんですけど?
「え〜と……」
どう返すべきか言葉に悩む。すると、それを
「ねぇやん、ダレもそんな事言ってへんで?」
光輝が爛さんの肩に手をあて、やさしく(?)突っ込む。
「……ちぇ、もうちょっとだったのに」
いえ、全然違います。
「そもそも、このフシケンって何する部活なんですか?」
僕がそう聞くと、爛さんは目を丸くして驚きの声を返した。
「へっ? 光輝から聞いてない?」
「わいは言ってへんで。頼まれてもおらへんかったし」
「あっ、そう言えば……」
少しの沈黙の後。
「と言うわけで ―― 」
あっ、誤魔化した。
「我がフシケンこと不思議事象研究同好会は不思議な事象を研究すると言う同好会よ」
「まんまやん、それ……」
「うっ、うっさいわね。それで届け出しちゃったんだからしょうがないじゃない」
「よくそれで通りましたね……」
◆◇◆◇◆
「そもそも不思議な事象って具体的になんなんですか」
「そうねぇ。一般的に言うならば魔術、心霊現象、超自然現象、超科学、エトセトラ? まあ、現代の科学では解明できない物いろいろね。あんたも不思議な体験の1つぐらいあるでしょ? 例えば心霊現象とか」
「それがまったく……」
「へぇ〜、珍しいわね」
「有名な場所で肝試ししたこともあるけど全然ですね」
それも他の参加者は何らかの体験しているに関わらずに。
「ふ〜ん」
爛さんは何か考えるように顎に手を当てる。そして、何か思いついたのか、指をパチリと鳴らしました。
「じゃあ、こうしましょ。入部してくれるならいいもの見せてあげる♪」
「いいものですか?」
「うん、いいもの♪」
なんだろ? 爛さんの顔を見る限り、やばい物じゃないようだし……。やっぱ、き、気にならないと言うと嘘になるかな?
「気になるのは気になるんですけど ―― 」
「あら、いいことじゃない。貪欲なのは七つの大罪の1つに例えられるけど、こと知識に関してはその限りじゃないわ」
「え、えと……、あと用事があるんで毎日来るのは無理なんですけどそれでも良いですか?」
「まあ、別にいいわよ」
「じゃあ、ちょっと考えさせてください?」
「よっし、決まりね」
◆◇◆◇◆
「でも、いいものってなんですか」
「魔法よ。ま・ほ・う」
「えっ? 魔法?」
てっきり、オーパーツとか月の石とかそんなのだと思ってたけど……。
「あ〜、その顔信じていないでしょ。あたし、こう見えても超一流の魔法使いなんだから」
「あっ、いやべつに疑ってるとかそんな事は……」
思わず言いよどむ僕の顔を、爛さんが覗き込む。うっ、よく見るとクリッとした眼とか可愛いかも。
「お、お持ち帰りしたいかも……」
「はい?」
「あっ、いえなんでも」
「ホントに?」
「ホントデスヨ?」
そう言いつつも顔を真っ赤にして目を逸らしてしまう僕。
それを追い駆けるように覗き込んでくる。
「ねぇやん、そんな遊ばんでも……」
「だって面白いんだもの」
「お、面白いって」
爛さんに良い様に遊ばれている事に気付きうなだれる僕。
「あははは。にしてもやっぱり信じられないんでしょ? 魔法」
「そ、そんな事は」
まあ確かに信じにくいけど。
「いいのよ。普通は信じられないだろうし、証拠見せてあげる。というか元々見せるつもりだったしね。」
そう言ってウィンクし、光輝の方へ向きかえる。
「つうことで、コーキ、手伝ってくれるわよね?」
「……嫌や、って言ってもワイに拒否権はないんやろ?」
「あら、分かってるじゃない。もち、その通りよ。」
「しゃあないな、ねぇやんの頼みやし」
やれやれという風に首を振る光輝。その顔には諦めの色が浮かんでいる。
「で、どないすればいいいんや?」
◆◇◆◇◆
「じゃあ、いくわよ」
そう一言光輝に断ってから、爛さんは人差し指を光輝に向け呪文らしい物を唱え、指を鳴らす。
「《あなたに届け、この思い(トランスポート・イマージ)》」
次の瞬間、いきなり光輝がうろたえだした。
「ちょっ、ねぇやん! このイメージは?!」
「イメージ?」
多分、光輝に何か起きたんだろうけど……。当然、僕には何の事だがさっぱり分からない。
「説明はあとで。それよりも次行くわよ。《あ〜、あ〜、本日は想像通りの性転なり (ターン・セクサス ベースド・イマージ)》」
またも爛さんは呪文らしい物を唱えると、再び指を鳴らした。
すると今度はパチンと言う音と同時に光輝の体に変化が現れた。
ゆっくりと、でも確実に光輝の体は縮み、丸みを帯っていったんだ。髪も少し伸び、肌の色も薄く変わっていった。
それは不自然だけどなめらかな、そうアハ!体験のVTRを変化する場所を知った上で見ている、そんな例えがしっくり来る ―― 魔法の存在を認めざるを得ないぐらいの変化。
その様子を呆然としながら見ていた僕が正気を取り戻した時には、175cm位あった筈の光輝の姿は既になく、代わりに爛さんと同じ120cmぐらいのショートヘアの少女が。
その少女は周りの風景やや自分の手 ―― 背が縮んだ為に相対的にだぶだぶになってしまった制服で隠れて見えないけど ―― を見ては、ひとりで納得している。
「なるほどな、そういうことやったんか。ねぇやん、また新しい魔法作ったんやな?」
「ん、某小説に出てたのを参照にして、《ターン・セクサス》に改良加えてみたのよ」
「やっぱりそうなんか、つう事はアレやな。ワイはさっき見せられたイメージの通りの少女になってる訳なんやな」
「さすが光輝ね、当たりよ」
そう言って、光輝の成れの果てと思しき少女にウインクをした。
「あの〜、よく分からないんですけど、ホントに光輝なんですか……この子」
「もち、見てたどおりよ。これでも信じられない?」
「えと、何と言うか。なんか魔法でも見てるようで、とても現実とは……」
「だから魔法なんだって」
そう言って爛さんはころころ笑った。
「じゃあ、流石にそのままって訳にも行かないし、もう一回見してあげる」
もう一回、つまり ――
「元に戻しちゃうんですか?」
折角可愛いのに勿体無い……。
「まっさかぁ。そんな無駄な事をあたしはしないわよ」
「えっ?」
僕は思わず光輝の方へ眼を向けると、光輝はしゃあないなぁと言う表情でこちらを見ていた。
「まあ、ねぇやんならそう言うと思ったけど……、どうするんや? わいとしてはまず、この服をどうにか欲しいんやけど。この成りじゃ動きにくうてしょうないわ」
「りょうかい♪ じゃ、ヤオ。今度は服を ―― そうねぇ、制服に変更するからよっく見とくのよ?」
そう言って爛さんは意味深に笑うと僕の方に眼をやる。そして僕がこくりと首を縦に振ったのを見届けてから、爛さんは呪文を唱えて指を鳴らした。
「じゃあ、行くわよ? 《お客さま? この服はいかがでしょうか?(クロース・アップ)》」
光輝が着ていたタブタブだった光輝の制服がシュルシュルと縮んでいく。色も紺から薄紅色へ ―― ってあれ? うちの制服、女子は紺色のブレザーだった筈。
光輝も異変に気付いたのか少々慌てている。もしかして失敗とか? そう思い爛さんの方をチラッと見ると、肩を震わしてた。
えと、どう見ても笑うのを我慢してるように見えるのですが?
数秒後、完全に変わった光輝の服は、制服は制服でも某喫茶店の制服になってました。
まあ、可愛いからあり、かなぁ。
「ね、ねぇやん? 流石にコレは恥ずかしいんやけど ―― 」
「あははは、やっぱり? まあ、今日はそれで我慢しなさい?」
「ふう、ねぇやんに文句言ってもしょうないのは分かってるけどな」
◆◇◆◇◆
「じゃあ、光輝。自販機でなんか飲み物を買ってきて。あたしはその間にヤオに今さっき使った魔法について説明しとくから」
「それはいいけど、このままじゃムリやで?」
「あっ、そうね。うんじゃ、《世界は汝を受け入れる(パラドクス・ノウト)》っと」
パチン。爛さんがまた指を鳴らした。けど今回は何の変化も見えない。
「サンキュや。で、ねぇやんはいつものココアでいいか?」
「ん、なんか珍しいのがあったらそれもね」
「りょうかいや。ヤオマ、あんさんはどないする?」
「あっ、僕もいいの? じゃあ、いちごオレで」
「ん。じゃ行ってくるわ」
そう言って、光輝は部室から出て行った。
って、あのまんま行っちゃったけど大丈夫なの?
僕が疑問に思っているのに気付いたのか、爛さんがその問いに答えてくれた。
「光輝なら大丈夫よ。ほら、最後にかけた魔法。あれ認知阻害系相違否定魔法って言って魔法が掛かった相手の今の状態をそれを知らない周囲の人間に当たり前だと思わせる呪文なの」
「そんな魔法が ―― 」
「あるわよ。例えばこの部屋。この部屋にも同じ魔法かけているんだけど、入ってきた時に変だと思わなかったでしょ? でもよく考えてみなさい。ここは部室棟3階の一番奥よ?」
確かにそうだけど、それがどういう意味なのか思い至らない。
「なのに更に奥へ行く扉がある。不思議に思わなかったんじゃない?」
あっ、そう言われれば……。奥へ行く扉もそうだけど普通の教室に比べて広いかも。
「あればそういう呪文。気付かなければ気付けない。そういうことよ。ちなみに後のは……」
◆◇◆◇◆
その数分後、やっと光輝が戻ってきた。
最初の思念転送魔法で少女のイメージを強制的に送って、次の肉体変化系性反転呪文《あ〜、あ〜、本日は性転なり(ターン・セクサス)》を改良した思念連想型性反転呪文で少女を今の姿にして、その後の服装変化呪文を変え、最後に認知阻害系相違否定呪文使ったと説明を聞き終わった後だ。
「買ってきたで。って、ヤオマ、なにへばってるんや?」
ら、爛さんの話長すぎ〜。と僕は声にならない声で光輝に返事をする。
「たぶん、まだまだつづくで? ねぇやん魔法のこと話し出すと長いから」
まじですか。
「あっ、光輝、おかえり。遅かったわね。なんかあったの」
「自販機のジュースが売り切れやったから購買まで足伸ばしてきたんや」
そう言って光輝は、爛さんにジュースを2本渡した。1つは爛さんが頼んだココア。もう1つの方は確か最近発売された ――
「Hantaいちご? へぇ、珍しいわね」
「他にも種類あったから一本ずつ買うてきたから、冷蔵庫で冷やしとくな」
他の種類って確かろくな味なかった気がする……。
「ん、ありかと」
爛さんは手に持ったココアの缶ジュースを開け一口着けると、不意に立ち上がり棚から一枚の紙を持ってきた。
「じゃ、ヤオはこれお願いね。約束だった筈よね?」
爛さんは手に持った入部届けを僕に差し出したのでした。
〜R‐0th:見えない未来〜
入学2日目。光輝は爛さんに戻してもらったのか、自分で元に戻ったのかは知らないけど、どちらにしても元に戻ってしまっていた。残念。
その日、部室に来て見たものの、特にする事もなく所在なさげにしていた僕に爛さんが声をかけた
「無理やり入れたあたしが言うのもなんだけど、もしかして他に入りたい部活とかあった?」
「えっ、特にないですよ? どうしたんですか、いきなり」
「なかったんなら別にいいの。なんか所在なさげにしてたから。……基本的にぐだぐだ過ごすだけの同好会だし、他にしたい事あったら適当にしていて良いわよ?」
「あっ、はい」
僕の返事を最後に部室は再び沈黙に包まれた。
◆◇◆◇◆
しばらく爛さんはトランプみたいなカードの束を使って何かしていたと思うと、また不意に声をかけてきた。
「……ヤオ、あんた夢とかないの?」
「夢、ですか?」
「そう、将来の夢。別に野望、願望、念願、エトセトラなんでも良いけど」
夢か。そう言えば考えたことなかった気がする。
「特にないですね……」
「ふ〜ん。……なら、魔法使いにならない?」
「へ? 魔法使い?」
あまりに突拍子がなさ過ぎて間抜けな声を出してしまった。
「そう、魔法使い」
魔法使い。なれるならなって見たい気がするけど ――
「あの魔法使いってそんなに簡単になれるものなんですか?!」
「魔法っていうのは本来、人間誰しも持っている力の事なの。きっかけと環境さえあれば誰でも使えるようになるわ」
「えっ、でも ―― 」
「今まで魔法使いに会った事はない? 当たり前よ。魔法は理論の積み重ねだから魔法なんて存在しない、魔法が使えるはずないと言う理論が根底にある以上、魔法は絶対に使えない。それを覆す何かがあれば別だけど、そうはないわね。だから普通は魔法を使えない。あたしは魔法が使えて当たり前の家に生まれた。だから使える」
「じゃあ、僕には無理ですよ。普通の家庭に生まれた普通の人間だし」
「そう思うのは勝手。でも、ヤオ、考えてみて。試さずに出来ないと言うのと試して結果出来ないと言うの。どちらか愚かだと思う? 知らない事、出来ない事が愚かなんじゃないわ。知ろうとしない事、試そうとしない事それこそが愚かなんじゃないかしら」
なんか難しい言い回しを爛さんはしたけど、とりあえずやってみろ、そういう意味だと思う。
「もちろん、今のままでは無理、一度根底から覆さないと。……一番オーソドックスなのは魔法少女になるだけど、どうする?」
「えっ……」
ま、魔法少女って言ったらかわいいひらひらの服、だよね……。ま、迷うかも。
僕が悩んでいる様子を見て、爛さんがくすりと笑った。
「冗談よ。安心しなさい。そもそもあんたにはその手の魔法は効かない ―― って、なんか残念そうね」
「そ、そげなことなかとですよ。はい」
「なら、良いけど ―― 言葉めちゃくちゃよ?」
そう言って、またくすりと笑う。些細ないたずらが成功したのを喜ぶどこかのお嬢様みたいでかわいい。
けど、爛さんの顔からその笑顔はすぐに消えて真剣な顔になった。
「ヤオ。あたしのタロット占いによると、近いうちにあんたの根底を覆す何かが起こる。だから、あとはあんたの考え方次第。確信持てとは言わない。せめて『魔法を使えるかも知れない』程度の考えでいなさい。 ―― 魔法使いになりたいならね」
「は、はい」
◆◇◆◇◆
僕たちの話が済むのを見計らったかのように光輝が奥の部屋から出てくる。
「ねぇやん、そろそろおやつにせえへん?」
「あら、良いわね。今日のおやつはなに?」
「苺ショート桜クリーム仕立てや」
そう言って光輝は机の上にケーキを置くと、きれいに8等分して僕らに配った。
桜色のクリームと上にちょこんと乗った苺。アクセントとして飾られている桜の花のシロップ付けがかわいらしい一品だ。でも ――
「3人だとちょっと多くない?」
「かもしれへんな。今度はもうチョイちっちゃあせえへんと」
「別に良いんじゃない。余ったらあたしが全部もらうだけだし」
「ら、爛さん太りますよ?」
まあ、そんなこんなで、光輝の持ってきたケーキによって頭の片隅に追いやられた爛さんの占いの結果についてはまた別の話で。
◆◇◆◇◆
追伸、結局残ったケーキは僕が1/8カットをお土産に持って帰り、更に残りの4/8カット、最初に配られた分を加えて計5/8カットを爛さんが平らげました。
爛さん曰く、「残すなんて勿体ないじゃない?」だそうで……
《後書きというかなんちゅうか》
はい、天爛です。新作です。
最後とかぐだぐだで申し訳ないことこの上ないんですが、このまま続けてもなんだなぁ、つうことで強制終了しちゃいました。
その内、女の子になった光輝がどうなったか書かないといけませんかねぇ(汗
《以下、座談会?》
爛「ところで、いろいろと複線っぽいのあるけど、なんか意味あるの? 神託生(オラクルメート)とか」
ん〜、殆どない。
特に神託学費免除制(オラクルシステム)や神託生(オラクルメート)なんて今後の展開に影響しないと断言できるぞ?
爛「じゃあ、なんであんな設定つけたのよ(汗」
ん〜、なんちゅうかご都合主義? カードの番号とかキャラの役回りが分かりやすくする為だけだし。
爛「をひ」
ほかに質問ないか?
八百万「あの、途中で爛さんや光輝が唐突な台詞を言う場面があるけど……」
あ〜、アレね。
爛「あれは、あんたの守護霊(?)と話してるから、あんたに聞こえないだけ」
光輝「気になるんやったら、ソース確かめてみ?」
つうことで、今回はこれにて?