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− セバスチャン 1億とんで√(−1) −




「二代目はお嬢さま? Yes,She isn’t.」


CREATED BY 天爛

ILLSTRATED BY 高野透




※『二代目は○○』シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照してください。
http://minafumi.aki.gs/kikaku/secondgeneration_rule.html






 小高い山の上の麓に位置する豪華な屋敷。
 そこは古くからこの辺り一帯を所有する名家のものであり、これから俺が働く職場となる場所でもある。
 こんな豪邸で働く事になろうとはついぞこのあいだまでは予想だにしなかったのだが。
 今でさえ、夢でないかと疑っている俺がいる。が、これは残念なことに嘘でも幻でもなく歴とした事実だ。
 目の前の古く大きな扉を見上げ、俺は息を呑む。
 いくら主の許可を得ているとはいえ、こんな豪華な屋敷に足を踏み入れるのは緊張ものだ。
 暫くの躊躇の後、意を決しその重厚な扉をゆっくりと、あける。
 恐る恐る屋敷の中に入るとそこに、優しげな笑みを浮かべた1人の老紳士が立っていた……。









父から子へ――
世代を越えて引き継がれていくものがある。
それは物であり、技であり、知恵であり、想いである。
だが、その責務を嫌い、束縛を厭(いと)うものもいるだろう。
それでも、継承は続く。先代たちが託した願いとともに。






 この屋敷に来ることになったきっかけは、秋葉原にある某メイド喫茶にある。
 ミュージシャンに憧れて上京した俺だったが、現実はそんなに優しくなかった。
 結果として知りたくなかった現実=とてつもない音痴だという事実を突きつけられ諦めるしかなくなったのだ。
 そして、生きる望みを見失い、夢が叶わないなら生きていても仕方ない。ならば死のう。俺はそう考えてしまった。
 さらには冥土の土産に、それまで一度も行った事のなかったメイド喫茶へ行こう。なぜかそう結論に行き着いた。
 冥土とメイド。今思えばかなり笑えない自虐ネタだが、当時は本気でそう考えたんだからしょうがない。

 メイド姿のウェイトレスが有名な台詞で迎え入れてくれるのだろうと想像し、メイド喫茶の扉をあける。

 景色が一変した。
 外から見えていた可愛らしい内装と異なり、扉の向こう側にあったそれを言い表すならばクローゼット。
 それもただの、ではなく何百、何千という大量の服がしまえそうな、大豪邸にありそうなクローゼットだ。
 そのクローゼットには、ただ1着だけ、子供向けの燕尾服とそれとセットなのか蝶ネクタイが1つ。
 それだけが吊るされている。

「これは……?」
 その燕尾服を手に取る。見た目通りかなり小さい。

「それは、貴方さまの亡きお父上が残されたものです。」
 いつの間にかそこにいた渋くダンディな老紳士が、そのつぶやきに答えてくれた。
 その答えを受け、改めてその燕尾服を見る。
 どう見ても小学生低学年向けであり、田舎で畑仕事をしてるだろう親父の物にしては小さすぎる気がする。子供時代に来ていたと言う可能性もあるが、それにしては新し過ぎはしないだろうか。

 俺はその燕尾服を元に戻し、改めて老紳士を見る。
 黒のモーニングを颯爽と着こなし悠然と立つナイスミドル。まるでどこぞの執事。
 一瞬、執事喫茶と間違えたのかと思い、目をこすってみたが、やはり執事喫茶でもメイド喫茶でもない。
「……あんた誰?」
 この老紳士は一体誰なのか。それが気になった。

「これは申し遅れました。わたくしめは、先代――お嬢様の亡きお父上にお仕えしておりました者です。」
 その老紳士は胸に手を当てて優雅に一礼する。そして頭を上げ、一言。
「……どうぞ、セバスチャンとお呼びください。」
 正に執事、その風貌にぴったりの名前だと思った。

「じゃ、セバスチャンさん。一体なんでここに? ていうか、そもそもここは?」
「これまでひた隠しにしてきましたが、あなたのお父様は……」
「いや、人の話聞けよ。」
 俺の問いかけには答えず、マイペースに話を進めるセバスチャン氏。
 俺は思わず突っ込みを入れるが……
「……だったのです。」
 まったくもって聞いていねぇ。

「志半ばで倒れた旦那さまは、いつの日にかお嬢様がご自身の遺志をついで下さる事を願いながら、帰らぬ人となられたのです。もちろんこの私めもこの日が来る事を楽しみに待っておりました。さあ、今こそ亡きお父上のご遺志を引き継ぐ時。ささっ、早くお召し換えを。」
 そう言ってセバスチャン氏は、いつの間にか手にした燕尾服を俺に差し出す。
 さっきも見てみたがどう考えても成人間近の俺が着れるサイズではないだろ。

 とかなんとか考えているうちにいつの間にか俺は、セバスチャン氏の手により真っ裸にひん剥かれていた。
 しかも所々にフリルやリボンをあしらった99%女の子向けのパンツまで、いつの間にかはかされている始末。
 なにが悲しゅうて大の男がこんなかわいらしいパンツをはかなければいけないのか。
 どう見ても変態だ。変態に違いない。

「ちょっ、待て、何勝手に……」
 俺が文句をいうもセバスチャンの奴の手は留まることを知らず、確実にあの燕尾服を俺に着せていく。
 そして、とどめにと蝶ネクタイを俺の首に締めた。

「さすがは、お嬢様。お父上に似て、いえ、お父上以上にお似合いでございますよ。」
 俺は思わず両手の人差し指でコメガミを押える。

 そして、深くため息を吐いてから一言。
「OK、OK。とりあえず、落ち着……」
 ん? なんか声がおかしい気がする。
 なんというかいつもより高い。というか高すぎる。まるで年端もいかない少女のような……。
「あ〜、あ〜、あ〜。本日は晴天なり。本日は晴天なり。」
「残念ながらお嬢様。本日は朝から曇りでございます。」
「いや、そうじゃなくて。って、やっぱ声が変だな。……蝶ネクタイを締めているからか?」
 そんなはずはないのだが、とりあえず声が変なのは後回しだ。

「えと、セバスチャン?」
「はい、お嬢様。」
 セバスチャンの奴は、膝をついて俺に目線を合わせて丁寧に返事をする。
「そう、それ。さっきから俺のことを『お嬢様』と言っているけど、それがまずおかしい。俺は生まれてこの方19年、男として生きてきた。女に間違われた事も一度もない。なのにあんたは俺を『お嬢様』と呼ぶ。それはなぜだ?」
 その問い掛けが心底訳がわからないと言う風に首を捻り、しばし。

 何かに思い至ったのか、ぽむっと手を打つとなにやら納得したように言っ放った。
「あぁ、なるほど。お嬢様は、自分にはお父上の意思を継ぐのはまだ早い。まだまだ未熟な自分はこの服を着るのに値しない。そうおっしゃりたいのですな。」
 ちがうし。

「お嬢様、どうかご安心を。そんなにご謙遜なさらずとも。ほら、この通りその衣装はお嬢様にお似合いでございますよ。まるで亡き父上の生き写し。いえ、それ以上でございます。」
 そういうとセバスチャンの奴はどこかから姿見を取り出し、俺の前に置いた。
「だから、そうじゃなく……って、ちょっ、待て。これ、俺か?!」
「はい、そうでございます。お嬢様。」
「はい。っておまえ。そこに映っているのは、成人間近の男じゃなく10歳未満っぽい子ど……えっ、ホントに俺?」
「もちろんでこざいます。どこをどう見ても美少女執事。美少女執事と言ったらお嬢様しかいないと言いきれるぐらいお似合いでございますよ。たとえ全世界探したとしても燕尾服がこれほど似合う少女はお嬢様以外ほかにおりますまい。」
「そうかぁ、やっぱ俺かぁ。」

「って、ちょっと待て。今なんていった少女っていったのか。少女って?!」

「これ、俺か?!」「はい、そうでございます。お嬢様。」
※注釈※

この“セバスチャン”はフィクションです。
実際(作中および他作品)のセバスチャンの年齢、容姿、風格などにはいっさい関係ありません。
どうかこのイメージに囚われないよう、よろしくお願いいたします。
というかセバスチャンに固定概念は通じないと思うのですよ?

※注釈ここまで※

「はい。そのどおりでございます。」
 百歩譲って「少」の字は認めよう。こんなちっこい大人がそうそういるはずないからな。
 だが「女」の字は認めるわけにはいかない。例え縮んだとしても髪が伸びていたとしても俺は男。男なんだ。
 その証拠に「アレ」だってちゃんと……

「……ない。」

 俺が自分の存在意義を確認しようと手を持っていった股間には想像していた感覚はなかった。
 それはつまり今の俺には「アレ」がなく、つまりは女の子になってしまったことを示していた。
 事実を突きつけられ、その格好のまま呆然とする俺。
「お嬢様。そのような所をお触りになるとは、なんともはしたない。」
 もちろん、セバスチャンのそんなお小言が頭に入る余地なぞ俺にはなかった。



 と言うわけで、俺は今ここにいるわけだ。
 いや、訳わからないっと言われるのも仕方ない。ここに来るまでにセパスチャンに説明を受けた俺だってそうだ。
 出来れば信じたくない。つか、誰が信じるよ? 変な爺さんに燕尾服を着せられたら女の子になった上に、まだ生きてる親父の遺志を継がされて少女執事になったって。

 ま、元々死ぬつもりだったんだ。
 前世の記憶を持ったまま生まれ変わったんだと思えば、少女執事と言うのも悪くないのかも。
 というか、元に戻りたくてもセバスチャンは人の話を聞かないし、諦めるしかなかったとも言えるのだが。
 だからもう、そう思わせてくれ。

 回想はさておき、セバスチャンに連れてこられたこの豪邸。億万長者として有名な大治(おおじ)氏のものだ。
 そして、先ほどロビーで俺を待っていた老紳士こそ、大治氏本人だった。
 いきなり大物の登場にさらに緊張を増す俺。
「は、はじめまして。お邪魔しております。」
 そんな俺を大治氏は優しい笑顔で迎え入れてくれた。
「そんなに緊張しなくてもですよ。ふふっ。……にしても、噂どおりかわいいお嬢ちゃんだね。」
「いえ、滅相もございません。」
 緊張し過ぎて、いつの間に噂になったんだとツッコむ事すらできなかった。
「まあ、こんな場所で話をするのはなんだ。私の書斎へでも行こうか。」
「あっ、はい。」

 大治氏の書斎へ場所を移し、大治氏に勧められるまま備え付けの椅子に腰を下ろす。
「で、確認するが、君があの噂に名高い……。」
 大治氏の言葉を遮り、セバスチャンが言葉を繋いた。
「はい。お嬢様こそ『女執事』界にこの人有りと言われた先代の娘、2代目『セバスちゃん』こと妹蓮チアン(せばす ちあん)様でございます。」





「二代目はお嬢さま? Yes,She isn’t.」
改め

「二代目はセバスちゃん!?」

CREATED BY 天爛





※『二代目は○○』シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照してください。
http://minafumi.aki.gs/kikaku/secondgeneration_rule.html






 1つ断っておく。俺の本名は『妹蓮チアン』とかいうそんな妙ちくりんな名前では断じてない。
 『妹蓮チアン』というのは、スケバン刑事で言う所の『麻宮サキ』。
 要するに歌舞伎で言う所の名跡に当たるもので、代々の『セバスちゃん』に受け継がれてきた名前らしい。
 ……俺が2代目のはずなのに「代々」というのもおかしな気もするが。
「やはりそうか。で、さっきから気になってはいたのだが、そちらの方は?」
 セバスチャンの言葉に相槌をうちつつも、そしてあくまで俺への質問と言う形を崩さずにセパスチャンの事を訊き返す大治氏。
「あっ、え〜と……」
 なんと説明をすればいいのか言葉に迷う俺だったか、それを見越してかセバスチャン自身がその質問に答えた。
「わたくしめはチアンお嬢様に仕える執事、セバスチャンでございます。以後お見知りおきを。」
 執事に仕える執事、『セバスちゃん』に仕える『セバスチャン』。
 ややっこしいと思って言いよどんだ言葉をそのまんま口にするセバスチャン
 。大治氏も混乱しているだろうと思ったのだが……

「ああ。なるほど。納得しました。こちらこそよろしくお願いします。」
「って、納得するんかい!!」
 思わずツッコンだ俺を、逆に不思議そうな表情で見る大治氏とセバスチャン。
「あっ、すみません。」
 思わず謝ってしまう、俺。……俺、おかしくないよな?

「えっと……。あの、改めまして、妹蓮チアンです。以後よろしくお願いいたします。ご主人様。」
 俺だって伊達に21年生きていたわけじゃない、敬語の一つや二つぐらいはできる。緊張しつつ改めて挨拶をしてみたのだが大治氏はそれを聞いて一瞬目を丸くした。
「お嬢様、それではメイドです。お嬢様はメイドではなく執事、『セバスちゃん』なのですから『旦那様』が正解ですぞ。」
 セバスチャンに指摘され思わず顔を赤くして慌てていいなおす。
「あっ、そっか。し、失礼しました。改めてよろしくお願いします。旦那さま。」
「うむ。こちらこそよろしく頼むよ。セパスちゃん。」
「あっ、はい。」
 俺は深くお辞儀をする。

 そして俺が頭を上げるのを見計らって大治氏、いや旦那さまが言う。
「で、仕事の話なのだが、君には息子に付いて貰おうと思っているんだ。」
「息子さん、お坊ちゃまですか?」
 大治氏の息子、か。
 いるのは知ってたが、TVなどでは出てなかった気がする。
 大治氏の年齢から考えると若くても俺と同じぐらいの年齢? と言ってもこの姿になる前の俺とだが。
「うむ。そうだ。」
 ちょうどその時だ。誰かが書斎のドアをノックする。

―― トン、トン、トン

「お父さん。陽だけど。呼んだ?」
「うむ。ちょうどお前の話をしていた所だ。入りなさい。」
 話に出ていた息子さんを呼んでいたらしい。20代以降にしてはかなり若々しい声だ。
「はい。失礼します。」

―― ガチャ。

 ドアを開け入ってきたのは、俺の予想よりかなり若い男の子だった。
 中学、いや、小学中学年ぐらいだろうか。
「あっ、そちらがこの前話ていた?」
 明らかにセバスチャンの方を見てなにやら納得する陽少年。
「うむ。今日からお前専属の執事になってもらう『セバスちゃん』だ。」
「は、始めまして。僕、陽といいます。」
 前半はセバスチャンの方を見て軽くお辞儀する。

「で、その子は?」
 やはりというか、なんと言うか。ま、仕方ないといったら仕方ないのだが。
 俺は苦笑しつつもすっと立ち上がり、この前セバスチャンがしたの思い出しながら丁寧にお辞儀を返す。
「始めまして、陽さま。この度お坊ちゃまに付く事になった執事、妹蓮チアンです。どうぞ『セバスちゃん』とお呼びください。」
「えっ?」
 やはりセバスチャンの方がが自分の執事だと思っていたのだろう。
 片や女の子、片や老紳士。どちらかが執事だと言われたら、だいだいの奴は老紳士の方だと思うだろう。
 俺だってそう思っただろうし。仕方ないと思う。
「わたくしはセバスチャン。チアンお嬢様に仕える執事でございます。陽殿。以後、お嬢様がお世話になりますぞ。」
 そう言って慇懃に礼をするセバスチャン。
「えっ? えっ? えっ?」

「遅くに生まれた息子でね。いままで甘やかして育ててきたのだが、そろそろ帝王学を学ばせてもいい年だと思ってね。」
「なるほど。」
 遅くに出来た子供にしても若すぎる気はするがここはツッコむべきではなさそうだ。
「いま10歳になる。セバスちゃんの2歳年上になるのかな?」
 実際の所、俺は19歳なのだが……。
「そうですな。こう見えてもお嬢様は8歳でございますゆえ」
 いや、どうみても8歳児だが? つか、ほんとに8歳児なのか俺?

「えっ、えっと、失礼なこと聞くようだけど……、ホントにそんな小さな子が僕の?」
 気持ちはわかる。俺も同じ立場なら信じられん。だが、これは現実だ。
「確かにチアンお嬢様は執事としてまだまだ未熟。ですが、先代の血を引く正当なる後継者でございます。行く末は世界一、いや、宇宙一のセバスちゃんで間違いなしなのはこのセバスチャンが保障しますぞ。」
「ほう。それは頼もしい。」
「そ、その、チアンちゃんも学校があるんじゃ……」
「『セバスちゃん』です。陽殿。」
「うっ。」
 セバスチャンに訂正され、言葉に詰まる陽お坊ちゃま。

「それに陽殿が学校に行かれている間、チアンお嬢様も執事学校へ通う手筈になっておりますので、お嬢様の勉学については問題無用でございます。」
 いや、それ初耳だから。つか、執事学校ってそんな学校あるの?
「ふむ。主と共に成長する執事か、それはいい。」
 渋る陽お坊ちゃまとは正反対に、えらく乗り気な旦那様である。

「で、でも……」
 しかし、この渋りっぷり。そんなに俺を執事にするのが嫌なのだろうか……。
 むう。陽お坊ちゃんが嫌だといわれるなら、それはそれで仕方ないとは思うんだが……。
 無理やり雇って貰って人間関係がぎくしゃくするのも嫌だし……。
「あっ、あの、もしセバスのことがお嫌なら、はっきりとそう言って貰えれば……って、あれ? なんで?」
 なんで目から水が? なんで、俺泣いてるの? もしかして俺、雇って欲しいと思ってるのか?
「あっ、いや、そうじゃなくて、べ、別に嫌なわけじゃないんだよ? 別に嫌じゃないんだけど……」
 俺の涙を見て、慌てて取り繕う陽お坊ちゃん。
 俺は続く言葉が気になり、陽お坊ちゃまの顔をマジマジと見ているとなぜだか陽お坊ちゃんの顔が赤く染まっていった。
 
 そして。
「えっと、あー、うー。よ、よろしくね、セバスちゃん。」
「はい♪」
 俺は、すごく大きく返事をした。なぜだが認められた様な気がして、なぜだかとても嬉しかったから。
 横でセバスチャンと旦那さまが微笑ましい光景を見るような顔をしていたがそれも気にならないほどに。
 
 ともかく、俺の陽お坊ちゃまの執事としての生活がこれから始まるのであった。
 ……、後になって思ったのだが、女の涙ってやっぱ凄いのな。



 数日後。
 俺はセバスチャンと一緒に執事室に待機していた。
「そう言えば、この前いやな夢見た。」
 そのことを不意に思い出し、声に出してしまった。
「夢、ですか?」
「うん。夢。」

 単なる呟きで終わらせるつもりだった。
「ほう。それはどんな夢ですかな。」
 だったのに、セバスチャンに内容を尋ねられてしまった。
 尋ねられてしまった以上、答えない訳にいかない。
 それにその夢の関連で気になっていることも1つあったし。
「んと、な。夢の中では既に10年経った事になっててな?」
「ふむふむ。」
「で、陽お坊ちゃまから結婚を前提に付き合ってくれと告白された。」
「なるほど。で、お嬢様はどの様にお返しに?」
「いや、断ったけど。 ……ダメだったのか?」
「いえ。さすがお嬢様です。それが正解でございます。」
「あっ。そうなんだ。……、い、一応聞くけど、なんでダメなんだ?」
「『お坊ちゃま』と『メイド』や『お嬢様』と『執事』ならまだしも、『お坊ちゃま』と『執事』がくっ付くなど前代未聞。百歩譲って『お嬢様』と『メイド』はアリだとしても、『お坊ちゃま』と『執事』は考えられません。」
「そ、そうか。」
 って、ちょっと待て俺。なに少し落ち込んでやがる?!

「ま、まあ、そういう理由で断ったわけではないんだが。」
 夢の中で自分が陽お坊ちゃまに返した答えを思い出す。それは……
『申し訳ありません。セバスも陽お坊ちゃまの事、大好きです。でも、セバスは結婚できません。だってセバスは8歳ですから。それとも、陽お坊ちゃまはロリコンなのですか?』
 夢の中、10年後の俺は、今と変わらぬ姿でそうはっきり返していたのだ。
 そう。10年後の俺が。
 ……。

「……なぁ。セバスチャン?」
「はい。」
「俺って、このまま歳を取らずにずっと8歳児って事ないよな?」
 そんなありえない事を半分本気で確認してしまう。
「なにを当然なことを。」
 やっぱり、そうだよな。成長しない人間なんていな……
「お嬢様は永遠の8歳児に決まってるではございませんか。」
 ……。俺の時が止まる。

「お嬢様が大きくなられましたらそれはもう『セバスちゃん』ではなく『セバスさん』でございますぞ。」
「あ、あはははは。そ、それもそうだね。」
 忘れていた。常識なんか通じるわけないって事を。

 っと。
「ん? どうなされました。お嬢様。」
「あっ、うん。なんかそろそろ陽お坊ちゃまに呼ばれそうな気がして。」
「さすが、お嬢様。もう呼ばれずとも察する域に達せられましたが。」
「よい特別教師に恵まれているおかげてね。」
 セバスチャンの賛辞に皮肉半分で返し、執事室のドアに手を掛ける。
「じゃ、ちょっと行ってくる。」
「はい、行ってらっしゃいませ。お嬢様。」

 陽お坊ちゃまの部屋に着いた俺は、ノックを三回したあとドアをあけて中へ入る。
「失礼します。陽お坊ちゃま。そろそろ何か御用かあるのではと思い……陽、お坊ちゃま?」
 陽お坊ちゃまがいるはずのその部屋にいたのは、先ほど俺を見送ったはずのセバスチャンと、陽お坊ちゃまによく似た少女。
 お嬢様というのにぴったりなワンピースドレスを身に纏ったその少女は、俺を見つけるとすぐさま駆け寄り
「セ、セバスちゃ〜ん。」
 と情けない声をあげる。もしやとは思うがもしかして……。

「陽お坊ち……お嬢様?」
「言い直さないでよ。」
 顔を赤くして訂正するこの少女が、やはり陽お坊ちゃまらしい。

 俺はセバスチャンにきつい視線を向け問い質す。
「セバスチャンっ!! これはどういうことだ!!!」
 が、返事は目の前のセバスチャンからではなく、俺の背後から聞こえてきた。
「お呼びになられましたかな? お嬢様。」
 後ろから聞こえた聞き覚えのある声に振り向くと、そこにセバスチャンがいた。

「……えっ?」
 俺と陽お坊ちゃまは目を丸くして2人のセバスチャンを何度も見比べる。
「おお、これはセバスチャン殿ではございませんか。おひさしゅうございます」
「そういうそちらはセバスチャン殿ではありませんか。こちらこそおひさしゅうございますですぞ。」
 2人のセバスチャンがお互いにお互いのセバスチャンと呼び、挨拶を交わす光景。
「そういえばセバスチャン殿は今はなにを?」
「わたくしは二代目セバスちゃんであるチアンお嬢様に仕えさせて貰っております。セバスチャン殿のほうは?」
「わたくしは二代目お嬢様である……」
 俺と陽お坊ちゃまはそんな光景について行けず取り残されていた。



 その後、陽お嬢様の執事の座をめぐってセバスチャン(2人目)と激しい戦いを繰り広げたり、お嬢様と結ばれたり(セバスチャン(1人目)曰く『お嬢様』と『執事』なので問題ないどころが少々手垢が付いている展開らしい)、そんなことはまったくなかったりするのだがそれはまた別のお話。


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