P‐SR
〜 ポジティブ! セクシャル・リバーサー 〜
作:天爛
物心ついた時からずっと『僕』という一人称に違和感があった。『俺』なんてもってのほか。頭の中ではいつもあたしは『あたし』だった。
初めて恋をしたのは何時だったっけか。まあ、恋なんで数え切れないほどしてきたからもう覚えていない。だけどその全てが男性相手にだったと言うのは覚えている。
好きな物はゲーム。それも俗に言う乙女ゲーと言う奴。ボーイス・ラブとやらもやった事があるけどあれはどこか違う気がする。確かに男の子から好かれるのが目的のゲームなのに違いはないんだけど、せめてゲームの中だけは女の子でいたい。そんなところ。
性同一性障害。男の体に女の心。先天的にそう生まれてくる病気。そう、あたしのこと。自分がそうだと思い至ったときにはもちろんショックを受けた。
けど、それも束の間。元来、前向きなあたし。ぶっちゃけ、すぐ悩むのに飽きてしまった。
悩んだって、女になれる筈はなし。ならば今をどう楽しむか、それが先決でしょ?
で、どう楽しむか。
その答えが今のあたし。男の体を持つ女として人生楽しんでる。
男の人は『男』と『女』を入れ替えて想像すると分かり易いと思うんだけど、例えば銭湯。
身体的には完全に男であるあたしはもちろん男風呂に入るんだけど、精神的には女だから一旦中に入ると異性(男性ね?)の裸を見放題。もう嬉し恥かしウッハウハってなもの。ねっ、うらやましいでしょ?
しかも、運命の女神(男性神だったらごめんなさい)も捨てたもんじゃなかったらしく、女装さえすれば女に見える容姿を与えてくれた。それも女装してその手の場所に行けばナンバ必至なぐらいの容姿。
男だと入りづらい女の子に人気のケーキ屋なんかにも堂々と入れるし、女の子としても十分エンジョイできている。
もちろん女風呂とかの裸になる場所には入れないけど、同性(もちろん精神的にみてだけど)の身体と比べて自分の体が劣る事が分かりきっているのに、わざわざ落ち込む為に見に行くなんてナンセンス。だから、あたしは入りたいとは思わないし、関係ない。
ともかく、あたしは今の自分を謳歌している。事実、この春からはイケメン揃いで有名な某男子校に入学することも決まったし、もう人生バラ色って感じ。……ユリ色じゃなくてごめんね? ……実際にバラな関係になるのもご免蒙りたいけど。
4月3日。某男子校の入学式の日。
その日もあたしの一日は「あと5分……」と言う言葉で始まった。階下から叫んだお母さんには聞こえなかっただろうけど。
小さくそう答えて寝返りを打つ。お母さんもあたしのそういう行動は熟知しており、次に声が掛けられるのはきっちり5分後。その時に起きなかったら…………ごめん、考えたくない。
と、ちょっと待って。説明で忘れるとこだったけど、今さっき寝返りを打った時、胸元でフニッといういつもと違う柔らかい感触がしたような?
ベッドに寝転んだまま、もそもそと胸元に手をやる。……。
…………あるっ♪
それは手のひらに収まる程度の僅かな膨らみ。でもそれは昨日まで確実になかった確かな膨らみ。
じゃ、じゃあ、もしかして下も? ドキドキしつつ太ももをこすり合わせてみる。……わからない。むぅ、分かると思ったんだけどなぁ。
仕方ないので、おずおずと手を下に伸ばす。
…………ないっ♪
手を伸ばした先は何の障害物もなくただすべすべしていた。
あたしはベッドから飛び起きると、パジャマも着替えずそのまま部屋を出て階段を駆け下りた。
――ドタバタドタバタ、ドタバタドタバタ、あっ、ドスン
慌てて降りた為に最後の一段というところで足を滑らせてしまい、尻餅をついてしまった。
「……痛ひ」
そう呟いてからはっとし、とっさに胸へと手をやる。……ほっ、ちゃんとある。
痛かったけど、まさに怪我の功名。これで夢でも寝惚けていたわけでもないとはっきりした。
と、そうだった。
あたしは立ち上がり台所まで行くと、朝ごはんの用意の為にコンロに体を向けているお母さんに声を掛けた。
「お母さんっ。あたし、女の子になっちゃった」
「あら、そう」
事もなげにそう答えが返る。
「ちょっ、息子がいきなり女の子になっちゃったんだよ。もうちょっとショック受けたり、『ずっと女の子が欲しかったの』ってはしゃいたりするのが普通でしょ?! せめて『嘘つくなら二日前にしなさい』ぐらいの反応――」
「そんな事言われても、それやったのお母さんだし」
「えっ……」
なんかいまさらっと、聞き逃したらいけないこと言わなかった?
「ほら、そんな事よりさっさと着替えてらっしゃい。まだパジャマのままなんでしょ?」
「う、うん。そうだけど……」
さすが、お母さん。振り向かなくとも良く分かってらっしゃる。
「じゃあ、話は着替えてから。そこの机の上に一式置いといてあげたから持って行きなさい」
「わ、わかった」
腑に落ちないまま部屋に戻り、持って上がってきた着替えを広げる。
プレザーにブラウス。スカートとパンティー、オマケで靴下。……あれ? 肝心のアレがない。
どっかに紛れ込んでいるのかな?
そう思い広げたそれらを手にとっては振ってみる。すると一枚の紙切れがひらひらと。
なんだろう……。その紙を拾い上げたあたしは書かれている内容に目を通す。な、なんとそこには衝撃の事実がっ!!!
『その大きさなら急いで用意する必要はないから、ブラはまた今度ね。
追伸、そう言うわけだから暫くは自前のシャツで我慢しなさい。
』
ガガーン。
折角女の子になれたのに初ブラはお預け? そんなのってないよ。うぅ〜。訴えてやるっ。
ぷう垂れつつも真新しい制服に袖を通し階下へ降りる。そして台所に向かう前にちょっと寄り道。
お母さんの部屋に行き、そこにある全身鏡に今の姿を映してみた。
「これが、あたし?」
……って驚くほどじゃなかった。まあ、元々可愛いかったんだし別に悪くはないんだけど……。けど、やっぱり
「やっぱり、もうちょっと胸が欲しいなぁ」
思わず口についた。
もう少し胸があれば女の子になったんだって実感沸くのに、このサイズじゃ昨日までの女装と大差ないからあんまり実感できない。残念。
「ご飯できたわよ、早くしなさい」
「はぁ〜い」
残念がっているとお母さんに呼ばれてしまった。渋る必要もないし、のろのろしてると後が怖い。さっさとダイニングに行こう。
ダイニングに着くとお母さんは既に席に着いていた。あたしも急いで席に着く。
えっと、鏡の朝食はっと、トーストとベーコンエッグ。それとサラダ。飲み物はカップスープ。うちの朝食は和食と洋食が交互になってて今日は洋食の日。
早速トーストにバターをたっぷり塗ってから、ベーコンエッグを乗せてかぶりつく。うん、おいしい。
と忘れちゃいけない。どう言う事なのか聞かないと。
「おううえわおわあわん? あわひなんふぇ ―― 」
「こらっ、食べ物を口に含んだままモノを言わないの」
「ふぁ〜い」
正論だ。と言う事で、まず口の中の物を処分する。
もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。よし、なくなった。
「ねえ、お母さん。あたしどうして女の子になってるの?」
「話せば長くなるけど……、魔法でぱぱっとね?」
「ふ〜ん、魔法かぁ」
いろいろ、突っ込みところあると思うかも知れないけど、今は登校前の朝の風景。流せるところは流さないと時間がいくらあっても足りないのは明白だからね?
でも、魔法かぁ。お母さん、魔法使いだったんだ……。
「って、あれ?! もしかして、すぐに相談してればすぐに女の子になれてた!?」
実の所、今の今まで性同一性障害かもってことは秘密にしていた。
「それは無理よ。16歳になるまでバラしたらいけない決まりだから」
そう言ってからカップスープに一口付けるお母さん。そう言えば今日があたしの誕生日だったけ。
「そうなんだ。……でも、大丈夫かな?」
「なにが?」
「学校。女の子のままじゃ行けないでしょ?」
あたしがこれから行く予定の学校は男子高。女の子のあたしが言っていい物なのかな?
「大丈夫よ。ちゃんと手はうってあるから」
やった♪ と言う事はイケメンに囲まれて紅一点。モテモテ確実。ウッハウハなんだ♪
「あらあらそんな事考えてたの」
「あっ……」
思わず口を防いたけど時既に遅し、あたしの姫たる(正:秘めたる)野望は声となって完全に漏れ出た後だった。
「でも、残念。もうそれは叶わないわ」
えっ?
「あなたの行く学校、女子高にしたから」
「え、えぇ〜、そんなの聞いてないっ」
「言ってないもの」
言ってないってそんな簡単に……
「じゃ、じゃあ、あたしの行く女子高って? なんていう所?!」
女、女子高でも某男子校の近くの某女学院ならまだ出会いのチャンスがっ。
「某女子高よ」
……某女子高? それってどこ?
「あたし、そんな学校知らない。それより今から出て間に合うの?!」
行くつもりだった某男子校だったら近くだから余裕を持っていたけど、そんな知らないところを急に言われても。
「大丈夫よ。十分間に合うわ」
「そんな事言っても、どこにあるかも知らないのよ?!」
「あら、場所は知ってるはずよ? だって、あなたが行くつもりだった学校ですもの」
「えっ、それってどういう ―― 」
「だから言ったでしょ? あなたの行く学校を女子高にしたって」
「えっ……?」
そう、これは、元・性同一性障害の女の子の愛と野望の物語…………
などではなく、その巻き添えを喰らった約1000人の元男子高生(新入生約350人含む)達の悲劇の物語である。