※当作品は華代ちゃんシリーズ番外編『女装の麗人』の続編となっております。
※まだ読んでない方はそちらから読むことをお薦めします。
「悩み事? あるにはあるけど、君に言ったところでどうにかなる訳もないし」
「えぇ〜、そんな事ありませんよ。そもそも、まだお話も聞いてないのにわかる筈ないじゃないですか」
「そう、かな?」
「そうです! それに、
絶対にありえませんけど、もし解決しなかったとしても人に話すことで気が楽になるって言うじゃないですか」
「そう、だな……。じゃあ、話を聞いてくれるかな? 華代ちゃん」
「はい♪」
華代ちゃんシリーズ番外編
理想の麗人
作:天爛
夕暮れ時の高校の屋上。男女二人の影があった。
「ずっと好きだった。俺とつきあって欲しい」
学生服を着た生徒が言った。
「は?」
ブレザーにスカートの生徒が訊き直した。
「だからずっと好きだったんだ。俺とつきあって欲しいんだ」
学生服の生徒がさっきと同じ言葉を繰り返し言った。。
「おい、亀井。言ってもいい冗談と悪い冗だ ―― 」
「冗談なんかじゃないっ! 本気の本気なんだっ!!」
学生服の生徒・亀井は沈痛な面持ちで叫ぶ。
「……知っているとは思ったんだか、俺は男だ」
どう見ても女子高生な生徒が言った。
「知ってる。由紀ちゃん、いや、由紀(よしのり)が不思議な女の子に遭って以来、女物しか切れなくなったことも、服を脱いだらきちんと男の身体だって事も知っている」
亀井の顔が少し赤くなったのは夕日の所為だろうか。
「そうか……」
しばしの沈黙。
「……知っているとは思ったんだか、俺はノーマルだ」
どう見ても女子高生な由紀(よしのり)が言った。
「知ってる。由紀(よしのり)が女の子が好きな普通の男子だって言う事をちゃんと知っている。だから今まで告白できなかった」
亀井は真剣な眼差しを由紀(よしのり)に向けた。
「でも、もう、俺、女だから。女になったから」
「えっ……?」
亀井、は言葉の意味を理解できずに呆然としている由紀(よしのり)の手を取り、自分の胸に押し当てた。
「おまえ。胸……」
「ドキドキ言ってるだろ? 俺、お前の事好きだから、こんなにドキドキしてるんだぜ?」
「そ、そうじゃなくて、胸、膨らんでいるじゃないか」
「まあ、女になったから」
「……じゃあ、下も?」
その言葉に亀井の顔がさっと赤らみ、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「も、もちろん……ない」
蚊の泣くような小さな声。
「……確かめたい ―― 」
「ダメっ!!」
亀井が声を張り上げて拒否する。
「ごめん。嘘じゃない。嘘じゃないけど、由紀(よしのり)は男だから絶対に我慢できなくなる。……由紀(よしのり)、男だよな?」
「うぐぅ」
自分を男だと言う事を前提で言われたその言葉に、由紀(よしのり)は言い返すことができなかった。
「だから、この手も終わり」
胸に押し当てていた由紀(よしのり)の手をそっと退ける。
「続きは2年後、18歳になってから、な?」
「……2年後か、遠いなぁ」
「気持ちはわからなくはない。でも、だから、今はこれだけ」
そう言って亀井は目を閉じ、顔を由紀(よしのり)に近づける。
「しゃあないか」
由紀(よしのり)は亀井の肩を抱き寄せ、そして、二人の唇は重なった。
◆◇◆◇◆
いつからアイツの事が好きだったのかは分からない。
けど好きだと気付いた切っ掛けは分かってる。
ラブレター。
あの時のアイツがラブレターを貰った時、俺は自分の気持ちに気付いた。
「ラブレターですか」
そうラブレター。
あいつは誰がどう見ても女な顔立ちしているからさ、男からしかラブレター貰った事なかったんだ。
けど、あの日、アイツは始めて女の子からラブレターを貰った。
アイツ自身が生まれて初めてだと泣いて喜んでたんだから間違いない。
そんなアイツの様子を横で見ていた俺はなぜか不安になった。
「その女の子に男の子を取られるかも知れないと思ったから?」
だと思う。でも、その時はなぜ不安になるのかさえ分からなかった。
ラブレターの内容が気になった俺は、アイツが広げたそれを覗き見てほっとした。
「ほっと、ですか???」
ああ、ほっとだ。
なんだって、その手紙は女の子に対して送られる手紙だったから。
要するに男としてのアイツを好きに訳じゃなかった。
だから、ほっとした。
で、ほっとしている自分に気付いて不思議に思った。
なぜ俺は『ほっと』してるんだってね。
でも答えは簡単だった。
俺はアイツの事を好きになっていたんだ。男としてのアイツを。
俺は、俺の心は女だったんた。そう性同一性障害と言う奴。
今まで恋とかしたことなかったから気付かなかったけど、考えて見れば好きなアイドルも男ばかりだったからな、その答えが自分の中でしっくり来たよ。
そして、自分が性同一性障害だと認めたら、アイツに惚れた理由もはっきりした。
アイツは理想だったんだ。女みたいな外見も、男としての内面も。
俺はアイツみたいになりかったんだ。アイツみたいな外見の女になりたかったし、アイツみたいに男らしい男になりたかった。
アイツは俺の理想を両方持っていた。だから惚れた。
「そっか、お兄さん、じゃなくて、お姉さんはその人になりたいんですね」
ううん、いまはこの思いさえ伝えられればそれでいい。
けど、アイツには嫌われたくないから……
「わかりました。任せてください」
◆◇◆◇◆
夕日も半分以上沈んだ帰り道。亀井と由紀(よしのり)はいつものように肩を並べて歩いていた。
「でも、ユキちゃんホントに俺なんかでよかったのか?」
「由紀(ゆき)っていうな。俺もやめろ。あと、なるべく女言葉にしろ」
「う゛っ、ま、まだ慣れてないんだからしょうがないじゃないか」
「そうか。じゃあ、俺も慣れてないからお前の事を本名で呼ぶ。いいか? ご ―― 」
「わぁ〜、わぁ〜、わぁ〜。分かったからそれだけは止めてくれ」
「止めてくれ?」
「『やめて』。……俺、じゃなくて、あたし、なるべく早く慣れるようにする」
「ん。まあ、二人っきりの時だけで良いから頑張れ」
「うん」
「……つか二人っきりじゃない時は禁止」
「えっ……?」
「
他の奴に取られたくないからな」
ぼそぼそと業と亀井には聞こえない大きさの声で言った。
「な、なに? よく聞こえなかった」
「う、あ〜。と、とにかく禁止っ。二人じゃない時は女言葉も“あたし”って言うのも禁止だ。分かったなっ!?」
「う、うん。分かった」
良く分からないまましぶしぶ頷く亀井。
「分かったんなら良い。……で、なんだ?」
「え?」
「俺に聞きたい事があったんだろ?」
「あっ、……うん」
亀井はそれから数秒の沈黙の後、再び口を開く。
「由紀(よしのり)。本当にお…たしなんかで良かったのか…なって思って。こんな元男の女でさ」
「……知っているとは思ったんだか、俺の理想のタイプは俺を男と認めてくれる女だ」
「それは知ってる。でも、お…たし、由紀(よしのり)みたいに綺麗じゃないし……」
「『俺みたいに』は余計だ」
「ごめん……」
「……知っているとは思ったんだか、おまえは元々美形だ」
「でも、それは男としてだ…でしょ?」
「女としてもだ」
「そ、そんなことないよ。今まで一度も言われたことないし」
「認めたくはないが、俺が傍にいたから気付かれなかったんだろ」
「そ、そうなのか…しら」
「……これは言いたくなかったんだか ―― 」
由紀(よしのり)はそこで一旦言葉を区切ると、人差し指で頬を掻き目線を上に逸らして照れくさそうに言った。
「俺のもう一つの理想はな? お前をそのまま女にしたようなボーイッシュな外見の女の子だ。……まあ、要するにそう言うことだ」