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 彼女に初めて出会ったのは、冬のある日、一番星が輝く頃、細い路地裏での事だった。

 それはいつも通りの塾帰り。いつもの不良3人組の待ち伏せに会い、逃げ出した所で、路地裏へと追いやられて、そしてたかられる。
 そんな何ひとつ変わらない『僕』の日常。抗うことさえ億劫な、死に逃げるには慣れすぎた『いつものこと』。そしてそれは僕が女の子になっていようが変わらなかった。



ハンターシリーズ
『いつか出会う未来』
作:天爛


※「華代ちゃん」シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照して下さい。
http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan00.html
※「華代ちゃんシリーズ・番外編」の詳細については、以下の公式ページを参照して下さい。
http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan02.htm
※「いちごちゃん」シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照して下さい。
http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/Novels-03-KayoChan31-Ichigo00.htm



 僕 ―― その時は既に『あたし』だったけど ―― は、いつもの様に適当に殴られて、お金を渡す。
 えっ、すぐにお金渡したら殴られずに済むのじゃないかって? ううん、奴らはそんなに甘くはないよ。
 奴らにとって『見つける』『追いかける』『捕まえる』『殴る』『奪う』は常に1セットになっていて、全部揃わないと次の日もっとひどい目に遭う。
 だから、いつものように殴られて、いつものようにお金を渡す。それが一番賢いやり方。この時の僕はそう自分に思い込ませていた。
 彼女 ―― 半田未来に出会うまでは。

 お金を渡してとぼとぼと去る、いつもならそれで終わる。 そう、いつもなら。
 でも、その日は違っていた。立ち去ろうとする僕に3人組のリーダー ―― 泥所が声をかけたのだ。
「おい。お前、女になったんだってな?」
 僕の動きが凍った。
 ナゼソノことヲ? だれニモいッテハイナイはずナノニ・・・・・・

「それ、マジですか? ドロジョさん」
 泥所の仲間2人の内やせた方 ―― 暮夜木が言った。
「この前見た時はあったでまんねん」
 もう一方の太った仲間 ―― 戸面が言った。
「確かに。だが ―― 」
 僕が驚きで声が出せなくなってる中、泥所はまだ言葉を紡いていく。
「あいつが俺らに嘘吐けるはずねぇし、何よりこいつの反応が本当だと言ってるじゃねぇか」
「で、ですよね」
「まあ、嘘でももう一度あいつをシメりゃ良い話じゃねえか」
「で、ですよね」
 暮夜木が全く同じ台詞で同意する。
「じゃ、じゃあ。ホ、ホントなら、ワイがもらってもいいでがす?」
 戸面のその問いに、泥所が厭らしい笑みを浮かべて答える。
「ロリめ、勝手にしろ」

 僕は震え上がった。何をされるかはわからなかった。でも、なにか得体の知れない恐怖を感じた。
 そしてその恐怖を感じた時には、体が勝手に逃げ出していた。それが奴らの嗜虐心をくすぐる結果になるだけと分かっていた筈なのに。
 でも、逃げ出さずにはいれなかった。

 だけど、すぐにばれて捕まってしまう。
「あ、こいつ。目を放した隙にっ」
 目聡く見咎めた泥所が僕を捕まえる。
「逃げんじゃねぇ、よっと」
 ごす。泥所のコブシが僕の鳩尾に入り、体が『く』の字に歪んだ。
「がはっ」
 い、息ができない。
 倒れた拍子に被っていた帽子が落ちてしまい、長く伸びた髪を顕わになる。
「まさかと思ったが、ホントだったらしいな。まっ、念のため身体の方も確かめとくかな」
 へへ。泥所がそんな厭らしい笑みを浮かべてナイフを取り出し、僕の服を切り裂こうと迫る。
(もうダメだ)
 そう思った時だ。何処からとも無く飛んできた何かに拠ってそのナイフが弾かれたのは。
  ―― カランカラン
 乾いた音が響く。……空き缶?
 そこにいた全ての人物の視線が一方向、空き缶の飛んできた方に集中する。

「……邪魔だ。」
 長く伸びた黒い影が言った。
 背に背負った夕日が逆光となり、よくは見えないけど背丈は僕と同じぐらいだとわかった。

 影の主は僕へと近寄って来る。近づくに連れて姿がはっきり見えてきた。やはり年齢は僕と同じぐらいみたいだ。
 でも、間近まで近づいた今になっても性別は分からない。ユニセックスな服を着ている所為もあるけど、それ以上に中性的な顔つきをしているから。
 たぶん女の子だと思うけど、男の子だと言われれば男の子にも見える。
 
「てめぇ、ナニモンだ?!」
 泥所が声を荒立て威圧感たっぷりに問い掛けた。が、彼女は意に介さした様子も見せずに事も無げに返す。
「お前たちに用はない。邪魔するならさっさと消えろ。 ―― 怪我をしたくなければな」
 問いの返事を一瞥で済まし、あっけにとられている3人組の間をすり抜けて僕の前へと歩み寄る。
「ふ、ふざけんなぁっ! このガキ!!」
 泥所がキレた。そして、その言葉が触れてはいけない何かに触れたのか彼女はピクッと反応した。
 そして、泥所達の方へ向き直り、僕には背中を向けこう言った。
「 ―― 少年。君は運がいい」
 『少年』。 彼女は確かにそう言った。
 伸びた髪を隠す為に被っていた帽子は既に落ちていたと言うのに。
「元に戻すだけのつもりだったが、気が変わった。こいつらをやっつけてやろう」
「えっ……」

 彼女は大げさなほど右脚を後ろに引くと手のひらを上にし、指を前後に振る。
 掛かって来いという意思表示。明らかに挑発だ。だが、その見え見えの挑発に乗り、暮夜木が「うりゃあ〜」と声を上げ彼女に殴り掛った。子ども相手だ、簡単に倒せる。そう思ったのかもしれない。
 そして彼女も叫ぶ。
「讃鬼流蹴撃『弓月(ゆみづき)』っ!!」
 めいっぱい後ろに引かれる事で右脚に蓄えられた力を一気に解き放ち、暮夜木を迎え撃つ。
 極限まで引かれた弦、そこから放たれた矢のように、彼女の左脚が暮夜木に向かって一直線に飛んだ。
 が、その一撃も暮夜木の腕一本で防がれてしまう。
「お〜、イタイイタイ。って舐めてんのかな? チミは」
 余裕の表情を見せる暮夜木。対する彼女は、苦虫をかみ殺したような表情を一瞬浮かべたものの、まだ手があるらしく飄々とした態度をとっている。
「ちっ、やはりこのナリだとこの程度か……。仕方ない。あまり使いたくはなかったのだが ―― 」
 彼女は暮夜木との間を開けるとポケットから名刺ケースを取り出した。
 そしてそこから紙片を一枚抜き出すと、それを腕時計のスリットに通して叫んだ。
「“転影(ターンシェイド)”!!」
 腕時計から光が溢れ辺りを包む。光の中央、そこに浮かぶ彼女の影はだんだんと大人へと成長して行く。そして影の成長が終わると同時に光がはじけた。
 そこにいたのはさっきまでの少女の面影が少しもない、シャツにGパンと言ったラフな格好の大学生ぐらいのポニーテールの女性。
 も、もしかして、へ、変身、した……?!

「て、てめぇ一体?!」
 3人組も状況を把握出来ていなかった。が、それでも泥所がなんとか口を開いた。
「お前たちに名乗る名前など ―― 」
「ふざけてるんじゃねぇ!」
口を開いたと言うより、混乱して喚き散らしていると言ったほうが正しい気もするけど。
「ならば仕方ない。……そうだな、魔法少女ハンター☆ミクだとレッツと被ぶるし……。うん、仮面ハンター・ミクとでもしとくか。と言う事で、仮面ハンター・ミク モード:1st だ」
 今考えましたばかりにそう言って、不適に笑う自称:仮面ハンターのミクさん。明らかに適当な名前だ。
 と言うか仮面ハンターと名乗るワリには『仮面』なんか被っていないし。
「少年。深い事は気にしたら負けだ。そういう物だと思って諦めろ」
 どうやら顔に出ていたらしい。
「バ、バカにしやがって」
「バカにしてる? ……ご名答、いや、わかるとはびっくりだ。褒めてやろう。ぱちぱちぱちぱち」
 そう口で言ってみせて、更におちょくる。
「ふ、ふざけやがって、このアマァ。」
「……お前達は運がいい。もし本物のいちご先輩なら今の言葉で瞬殺にされていてもおかしくないぞ。と言うのは言いすぎかも知れんが、ともかく、来るならさっさと掛かって来い。俺が相手してやる」
 ミクさんは変身前と同じように右脚を引き、3人組を挑発した。

 その挑発にまず乗ったのが先ほどと同じ暮夜木だった。
狩生いち子似のお嬢ちゃん。僕チンがお相手よん♪」
 へぇ、あの狩生いち子に似ているんだ。ここからじゃ背中しか見えないのが残念……。ってそうじゃなくって。
 暮夜木は先ほどと違い今度は厭らしい表情で舌なめずりしている。なにか如何わしい事をしようとしているのは明白だ。
 しかし、ミクさんはそんな事を気にも止めず、掛かって来いの意思表示。
 暮夜木が掴み掛かる。間髪入れずミクさんがさっきの技『弓月』を放つ。
「讃鬼流蹴撃『弓月』っ!!」
 しかし、脚が届くスレスレの位置で急停止され簡単にかわされてしまった。暮夜木の表情に余裕の色を浮かぶ。だが、ソレもつかの間、暮夜木が次に何か言おうとした瞬間、吹き飛んだ。
 油断していた暮夜木は気付かなかっただろうけど右脚かかわされた瞬間にその勢いのまま軸足となっていたもう片方の脚 ―― 左脚が繰り出されていたんだ。いわゆる二段回し蹴り。
「派生『双月(そうげつ)』」
 技名なのか、そうミクさんがぼそりと呟いた。

「よ、よくもボヤキをやったでがすね。つ、次はワイが相手するでんがな」
 そう言ったのは戸面だ。
「ぐぉぉぉぉ」
 戸面が意味不明の雄たけびを上げ、ミクさんに襲い掛かる。当たる当たらないに関わらずがむしゃらにコブシを振るう。ミクさんは全てかわしてはいるけど、もしも当たってしまったらただでは済まないだろう。そしてミクさんも同じ考えなのか、かわすのに手一杯で反撃できないでいるようだ。
「……ならば、これだっ」
 別の紙片を取り出し、スリットへ通す。
「“転影” モード:31st っ!!」
 光に包まれかと思うと、先ほどより華奢そうな別の長い緑色の髪と蒼く澄んだ瞳を持つ女性へと変身していた。前の姿でもきつそうだったのに、今のだと余計敵わないと思う。なぜ、あんな姿に……。あっ、もしかして目くらまし?!
 僕はそう気付いた。けど、そう気付いた瞬間にデブのコブシが振り下ろされた。目くらましが通用しなかったんだ。

(もう駄目だっ!!)
 思わず目をぎゅっとつぶる。
「ど、どうして……?!」
 戸面の混乱した声が聞こえた。その声を不思議に思い目を開くと、到底信じられない光景があった。
「トヅラ、何やってる! しっかりしろ」
 どう見ても力で劣るだろうミクさんが右手一本で戸面のパンチを受け止めていたのだ。
「と言われても動かないでまんねん」
 戸面が顔を真っ赤にして、押したり引いたりしているのにビクもしない。
「さすがミィ。スペックが違う。これで燃費が良けりゃ申し分がないだけにヒジョ〜に残念だ」
 そのまま戸面を持ち上げると、小石でそうするかのように軽々と上に投げる。そして、重力に任せて落ちてくるソレを暮夜木の方へと蹴り飛ばした。
「ぐふっ」
 戸面に潰され暮夜木が悲鳴をあげる。戸面は戸面で少しの間ピクピクと震えていたが直ぐに気絶し身動きしなくなった。
「讃鬼流蹴撃『月飛礫(つきつぶて)』。いや、蹴撃・亜流『砲月(ほうづき)』とでも名づけた方がいいか」
 そう呟いてから、残りの一人、つまり泥所に視線をやった。
「さて、どうする? 残りはお前だけのようだが」

「よ、要するに近づけなきゃいい話だろっ」
 泥所はそう強がりを言って、懐から改造してあると思しきエアガンを取り出した。
「なんかおもろいもん持ってるようだし、俺様が貰ってやるよ」
  ―― パンッ
 発砲音と同時に足元の小石が跳ねた。
「さぁ、死にたくなければそのみょうちくりんな時計を外すんだな」

「ちっ、ここまでか」
 ミクさんは悔しそうに呟き、変身を解除した。そして ――
「そうそう、そう素直に ―― 」
 泥所が次の言葉を言い切る前に新しい紙切れを取り出し、腕時計のスリットに通した。
「まあ、しかたない。ここはリク先輩で。“転影” モード:6th っ!!」
 光の後現われたのは……、僕よりも年下の黒いウサギの耳を少女。……なんで?
 泥所もその姿になった理由がわからず呆然としている。
「なんだ? こないのか?」
 不適に笑うウサ耳少女・ミクさん。

「ふ、ふざけやがって!!」
  ―― パンッ
 二度目の銃声が聞こえた。ミクさんがいた場所から砂煙が立っている。でも、そこにはもうミクさんは居ない。
「お前、動く的を撃ったことないだろ? 照準あわすのが遅すぎだ。そんなのじゃあすぐに狙いが読める。いくら得物の性能が良くても宝の持ち腐れだ」
 いつの間にか泥所の近くまで詰め寄った少女がエアガンを蹴り上げる。そして、そのまま壁を三角飛びの要領で蹴り上がりエアガンをキャッチした。更に壁を蹴り後方へ着地すると、エアガンを僕の方に投げた。
「持っとけ」

 泥所は一瞬の事について行けず呆然としている。
「ちょうどいい。あの技を試させてもらうか」
 そう呟くと、また壁を蹴って上へ上がって行った。そしてある程度の高さで斜め下、泥所へと向かうように壁を蹴る。そのまま頭から突っ込むと思いしや、途中で重心移動をして飛び蹴りの体制となった。そしてそのまま泥所に飛び蹴りを喰らわせる。
「讃鬼流蹴撃・亜流奥義《月雷兎(ムーン・ライト)》!!」
 気の所為だろうけど、少女の飛び蹴りが泥所に命中した時、一瞬、時が止まった気がした。
 泥所は土煙をあげ、その場に倒れ込んだ……。
 ミクさんはそんな泥所に近寄り、何かを確かめる。
「ふう、なんとか生きているな。流石に殺すのは後味が悪いからな。手加減をしておいてよかった」


 文字通り不良達を蹴散らしたミクさんは、変身を解くとこちらへ歩み寄ってきた。
「立てるか?」
 彼女はそう言って目の前に手を差し出してくれた。
 でも、その手を借りず自力で立つ。ふらふらだけど、女の子の手に捕まって立つなんて恥ずかしい事をしたくなかった。
 そんな様子を見て、一瞬驚きの表情を見せたミクさんは、すぐにふっと笑った。
「少年。君は何か武術を習うべきだな。少年にはその素質がある。俺が保障する」
「……」
 僕はどう言い返したらいいのか判らず言葉に詰まった。
「まあ、いい。それよりもだ、少年。今日の君は本当に運がいい。ちょうど別の任務で動いていた俺が通りかかったのだがらな。もし仕事中でなければ無視していたところだ」
「あ、ありがとうございます」
 相手は僕とおなじ位の女の子なのになぜか自然と敬語が出た。
「なぜ、お礼を言う? まだお礼を言われるようなことはやっていないのだぞ」
「えっ?」
 その疑問に、はぁ〜と深く息を吐いてから答えてくれた。
「良く考えろ。少年。結果から見れば確かに俺は君を助けた。だが、その実、俺は悪口を言われてキレただけだ」
「で、でも ―― 」
「それに、俺が勝手に暴れた所為で、その報復として更に酷い事を君がされるかも知れない。君がそうならないよう大人しくしていたにも関わらず、だ」
「うっ」
 図星だ。確かに僕はこれ以上悪化するのを恐れて逃げていた。その結果が現状維持。悪くならない代わりに決してよくもならない。
「だから疎まれる事はあっても、お礼を言われる筋合いはない」
「……」
 僕は返す言葉を失い、押し黙ってしまった。
「まあ、それよりもだ。少年、この名刺に見覚えはないか?」
 彼女は一枚の名刺を取り出し、僕に見せた。

  ―― ココロとカラダの悩み、お受けします。  真城華代

 僕は首を横に振った。
「ごめんなさい。記憶にないです」
「そうか……」
 くそっ、撒き込まれ型か。そう呟いたのが聞こえた。
「少年、君は本当に運がいい。君は戻る事が出来る。そのままがいいと言うのなら別だが、そうではないだろ?」
「も、戻れる?! ど、どうやって!?」
「詳しい事は言えんが、そういう力を持っているからな。君のような者を見つけ、元に戻す力を」


 彼女はあっという間に僕を元の姿に戻し、他言無用と言い残し颯爽と去って行った。
 せめて名前だけでもと言う僕に、もう会う事はないだろうからと言って名前も告げずに。

 でも、僕はこの時、また彼女と出会うことが出来る、そんな予感がしていた。





「未来はどうしている」
「素の戦力が低下している事を痛感したと、10号に変身して修行の旅に出ました」
「変身してるんじゃあ、意味ないだろ……」
「ですよね……」
「まあ、いい。戻って来たら伝えろ。小学校に潜入捜査だ」



【 モード 説明 】
※各キャラの性能は半田未来(39号)の独断と偏見によって書かれています。(ぇ

◆モード:1st ◆
 半田いちご(ハンター1号)の名刺によってポニーテールの女性に変身したモード。
 外見からは想像できない高い戦闘力を発揮することが出来る。戦闘力がバランスの取れているため、基本モードとして良く変身される。

◆モード:31st ◆
 石川美依(みぃ、ハンター31号)の名刺によって緑髪蒼眼の女性型生態アンドロイドに変身したモード。
 攻撃、防御ともに飛び抜けているが、もともと燃費が悪い上にエネルギーがかなり減った状態で名刺を貰った為に、このモードでは3分程度しか動けない。

◆モード:6th ◆
 半田リク(ハンター6号)の名刺によって黒い耳のウサ耳少女に変身したモード。
 ウサギながらの身軽さと脚力を誇るが、ウエイトが小さい為にパンチなどは不得手で防御力にも難がある。



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