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 目の前に川が流れている。とても澄んだ綺麗な水だ。
 そう言えば、かれこれ4日は野宿してるし、全身埃まみれ。それに後2日は次の宿場へは着かない……
 邪魔な岩なども少なく、深さも適当そうだ。泳ぐにしても問題無い……と思う。
 辺りに人影はないし……。
 軽く足を漬けるとその冷たさが気持ちよかった。

 だから……、誘惑に負けた……



ガルヴェローザ 第0.5話
〜旅人(マーキュリー)の憂鬱〜
作:天爛


「そこっ! 覗くんじゃないっ!!」
 と、不意に振り返り、誰もいない空間を指差しつつ叫んでみる。
 もちろんビシッという効果音は外せない。


 うおっ!? っとっとっとっ。
 不意打ちを受けたナレータは思わずビックリして姿を晒してしまったじゃないか。
 ていうかナレータじゃなくとも誰でも驚くと思うぞ。姿を消してフワフワと浮かんでる所を不意にだからな。
 と言うわけで、思わず姿を現してしまった妖精型の生物は腰に手を当て、抗議の意を示す事にする。なんなら『ぷんぷん』と言う擬態語をつけてやってもいい。が、声は出さない。あくまでもポーズだけ。
 なぜ声を出さないのか。それは簡単。単に喋るのが嫌いだからだ。
 なんつっても外見通りの高く可愛い声なのだ。
 精神的には雄として刷り込みされてるナレータにとって、この声は結構つらい物がある。
 と言うわけで、声は出さない。了解?

 外見には慣れた、というか密かな自慢のひとつになってたりするのだが、この声はどうもな。
 ……努めて喋らないようにしてるから、余計慣れないのかも知れないが。

 ん? 外見通りと言われても見たことないから判らない?
 そう言えば、説明してなかったな。
 ついさっき、突如として出現した妖精型の生物 ―― 正確にはフェアリクルスという人工妖精なのだが ―― が、ナレータ・エクセプショナル・エクジスタンス、つまり、ナレータの真の姿だ。
 普段は姿を隠しているから目にかかる機会は少ないと思うがな。『可愛らしい妖精さん』を想像して貰えばあながち間違いではない筈だ。

 あ〜、ちなみに、このナレーション自体はテレバシーみたいなの物で実際に声を出しているわけじゃない。まあ、一種の思考波みたいな物だから自分のイメージ通りに話せるのだ。
 そっちにどう伝わってるかは別として、低くて渋い声をナレータのイメージ・ボイスとして使ってるから、ナレーションに関して言えば気にならないのだ。

 そうそう、ついでに言うとセツナを始めガルヴェローザの住人にはこの思考波は届かない。
 届けば、声を出す必要がなくなるから楽でいいと思うこともあるが、そう都合良くはいかないらしい。


 ボクは軽く精神集中して呪文を唱えた。《鷹の目(ホークアイ)》 ―― 広域認知呪文だ。
 うん、大丈夫だ。いま辺りには誰もいない。そう確信し、ボクは躊躇う事無く上着を脱ぐ。

 さすがに一気に素っ裸になる訳にはいかない。
 いま誰も居なくても水浴びしてる間に来るかもしれないし。
 辺りに《幻視(ミス・ヴィジョン)》をかけ、人が来ても気付かない様に細工をする。
 服を脱ぐ前にかけておけば良かったかな? と少し後悔しつつ、ボクは下着も脱ぎ去った。

 残るのは装身具(アミュレット)が4つ。髪留めとネックレス、そして2つの腕輪だけ。
 それだけだけど、この4つは外さない。いや違う、外せない。いや、それも違う、外したくない。
 それはボクが“緋き眼のエタニティー”であった事に対する枷であり、エタニティーであった事から守る盾でもあるから……。
 だから……、外したくない。

 念のために脱いだ服を一箇所に集めた上で《隠蔽(インヴィジビリティ)》をかける。
 術者及び指定した人物にしか見えなくなる呪文。これでボク以外には見えなくなったはずだ。
 こうして置けば余程の事が無い限り盗まれる事はないだろう。
 ホントはナレータに洗濯しておいて貰おうと思ったけど……、無理だろうな。
 あいつ、何もしないし……。


 何もしないとは失礼な! 何もしないとは!! ちゃんとナレーションと言う仕事をしてるぞ!?
 と、苦笑しているセツナの思考に突っ込みを入れてみる。
 もちろん声は出さないけどな。

 ……、ちなみにナレーション以外の事は知ったこっちゃない。


 川に近づく。ふと水面に映る自分の姿が目に入る。
 この姿になって半年以上。普通なら既になれている頃じゃないだろうか?
 ……普通が何処にあるかは知らないけど。
 だけど、まだ面として突きつけられるのは辛いものがあった。
 いや、『だけど、まだ』ではなく『だからこそ、』というべきかも知れない。
 その原因が、同年齢のそれに比べかなり小さい胸にあるのだから……
 手を胸にやる。小さなそれは少女の小さな手にさえもすっぽりと納まる。

 そう言えば揉んだら大きくなると聞いたことある様な……
 しばしの躊躇………………
 ……やってみる?
 でも……
 ………
 ……
 …
 ・

 十二分な躊躇ののち、首を勢いよく振り迷いを断ち切った。
 い、一体何をやっているんだ、ボクは。
 ボクは迷いの原因である鏡像を掻き消すように水の中に入って行った。


 ……セツナの奴、水に入るちょっと前から固まっていたが、大丈夫だろうか。
 もしかしたら水面に移った自分の姿を見たのかもしれない。
 あいつ、今の姿、あまり好きじゃないと言っていたし。
 ……嫌いじゃないとも言っていたけど。

 そうそう、どうでもいい話、ナレータは今の姿に十分満足している。
 そりゃ、最初こそ驚いたけどな。なんせ、目が覚めたら『可愛い妖精さん』だぜ? 驚かない方がおかしいだろ?

 だが、なりこそ小さいが、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいるバランスの取れたナイスバディーだ。
 これでサイズが人間大なら、売れっ子モデルにでもなれるたろう。
 しかも周りには胸のないセツナや、幼児体型なあいつがいるんだから、一種の優越感?
 そういうのを抱いてもナレータの所為じゃない筈だ。うん。


 ボクはエタニティーだった頃から自分の姿を見るのが嫌いだった。
 真紅い瞳と白銀の髪。それは『特別』な存在“神々の寵児(プレス・フュート)”だと言う証。
 ボクはそれを見る度に自分は『特別』なのだと思い知らされた。
 だから、自分の姿が嫌いになった。

 人はボクを“ボク”ではなく“神々の寵児(プレス・フュート)”という『特別』な存在として見る。
 でも僕は『普通』でありたかった。『特別』な扱いなどして欲しくはなかった。

 畏れで何もいわぬ親より、悪いことは悪いと叱ってくれる人が欲しかった。
 羨望の眼差しで付き従う供より、一緒にはしゃいでくれる友が欲しかった。
 そして敬愛より、親愛が……

 運命を呪った事もある。
 何が“祝福されし運命(プレス・フュート)”だと。これでは“呪われし運命(カース・フュート)”ではないかと。

 でも、それは『普通』の姿になった今でも変わらなかった。
 当り前だ。セツナという『普通』の少女に身を窶(やつ)した、エタニティーと言う『特別』な人物。

 それはもはや『普通』とは呼べない。
 だから、『普通』になり切れない自分自身が嫌いになった。

  ―― 『普通』を求める限り『普通』にはなれない。

 一年前にある少女 ―― もとい、ある人に言われた言葉だ。
 それは真理だと思う。
 
 でも、それでも、ボクは『普通』になりたかった。
 『普通』を演じると言う『特別』。
 それが偽りの『普通』だと分かっていても、ボクは『普通』でありたい……。

 でも……、だからこそ……
 ボク自身の体が、僅かに膨らむ胸の大きさが、そんなボクを象徴している様で好きになれなかった。
 セツナに、セツナという少女にさえなり切れないボク自身の中途半端さを表している様で……


 その頃、ナレータはというと、セツナと同様に裸で水浴びしていた。
 別に水着が無いわけじゃないぞ? その気になればいくらでも出せるし。
 そう、アレだ。『郷にいれば郷に従え』。セツナに併せただけだかんなっ
 だ、だから、別に人間サイズでCカップの胸を触って「あン・・・・・・」とかやりたかったわけじゃ……

  ―― 閑話休題

 ふと気になりセツナの方を見る。
 ……少し目を離した隙に随分流されているなぁ。
 まあ、無意識の内にあそこまで泳いでいったのかも知れないけど。
 どちらにしろ、結構離れてしまったなしセツナが気付いてくれるといいんだが……
 考え事をしている様だし期待できないかな?

 しかし、まあ、あそこらは野盗のアジトが近いから、覗かれるかも知れないのに。
 そもそも≪幻視(ミス・ビジョン)≫の効果範囲外じゃなかったけか? あそこ……。
 はぁ、そんな不幸な野盗がいない事を願うが、とりあえずセツナに教えとくか……

 そう言う事で、ぱっと服を着てセツナに蹴りを入れに行く事にする。
 服を着ると言ってもわざわざ取りに行く必要は無い。念じるだけで服を着替えることができる、そんな機能がナレータにはあるのだ。えへん。
 この早着替え機能、羞恥で動けなくなったらナレーションとして役立たずになるからという名目で付けられているのだが……
 デフォルト設定の普段着以外にも、かなりの種類の服が用意されておりその時の気分で様々な服装になれたりする。
 普段着だけでも充分だと言う意見もありそうだが、結構楽しませてもらっているから文句は言うまい。
 という事で、今回は読者サービス、黒のビギニにでも着替えてやろう。
 ん、挿し絵がないから分からない? んな事はナレータの知ったこっちゃない。
 どうしても見たいというなら想像で補ってくれたまえ。あ〜はっはっはっはっはぁ

 ・・・・。な、なんか虚しい……。がっくし。


  ―― つん、つん
 なんか頬を突かれた様な……
  ―― つん、つん、つん
 気のせい? じゃないらしい……
  ―― つん、つん、つん、つん
「しつこい!」
 そう言って横を見ると一生懸命キックをしているナレータがいた。

 振り向いた僕を見たナレータは、腰に手を当てて怒っているというジェスチャーをする。
『さっさと気づけ!』とでも言いたいのだろう。
 口で言えば早いのに面倒な奴だ。

「ごめん、ごめん。でどうしたの?」
 そう聞くと川上のかなり離れた所を指差す。
 あそこがどうしたんだろう……

 考えること数秒。
 ……あっ。
「えっと……、もしかしてあそこが元いた所?」
 ナレータがこくりと頷く。
 うわぁ〜、かなり来ていたんだぁ。
 ん〜、《幻視(ミス・ヴィジョン)》の効果範囲から離れちゃったし、戻った方がいいかな。


  ―― がさり


 不意に岸の方から、物音がした。
 セツナは一度ビクリと反応し、ぎこちない動きで首を向ける。『ギギギ』という音を付けてやってもいい。
 まあ、そんな感じでセツナが岸を見ると案の定に人影があった。
 そして、そこに居たやつと目が合った。

 麻製だと思われるぼろいシャツと頭に巻いたバンダナ。背中にシミター何ぞ背負っている。そのむさ苦しい顔は鼻の下が延びて何ともスケベな顔をしてる。
 うん、明らかに山賊や野盗の類だな、こりゃ。
 で、相対するセツナは……

 あまりの事に固まること4秒。
 自分の今の状況(もちろん素裸だ)を確かめるのに3秒。
 状況を把握する為か視線を数度往復させるので更に2秒。
 最後にそのまま顔を青くして、ため押しの1秒。
 合計10秒も裸体を晒したのち……

み゛ゃあ゛ぁ〜〜〜〜!!

 と、聞き取り難い奇声を上げてしゃがみ込んだ。


 水面からまっかっかの顔だけ出してナレータに尋ねてみた。
「もしかして、見られた?」
 こくり。

 け、けど、もしかしたらあっちは見てなかったかもしれないよね?
 限りなく0に近い希望的憶測を抱いて男に尋ねてみる。
「見た?」
 こくり。

 ……うわぁ〜ん、やっぱりぃ〜!?
 もうお嫁に行けないぃ!? って、ボクは男! って事はお婿に行けないぃ!? って今は女だし! ならやっぱりお嫁に。でもボクは男、ならお婿、でも女、ならお嫁、でも・・・‥‥‥………


 なんか混乱のあまりに妙な思考ループに入っちまったようだが、大丈夫か? セツナ。
「お嫁、男、お婿、女、お嫁、男、お婿、女……」
 い、意味不明な事をぶつぶつ呟いているが、ほっときゃ直るよな? あはははは……
「お嫁、おとこ、オムコ、おんな、オヨメ、おと……」 ―― ぷちっ。
 あっ、切れた。

 お〜い、ダイジョブかぁ〜。目の前で両手を振って反応を窺う。
 それに気づいたのか、セツナが口を開き……
「……とりあえず、消す」

 って、うおい!? ちょっ! 待てっ!
 今なんつった? 消す? いや、それはいくらなんでも、まずいって!
 だから、やめ…… って、セツナいねぇし!

 いきなり消えてどこ行ったんだ!?
 はっ、もしかして転送呪文か!?
 《渡りの道(ムーヴィング・ロード)》で服のある所までテレポートして着替えてから戻って来るつもりなんだな!?
 それまでに正気に戻ってたら良いが ―― 無理だろな。あははははは……

 と、とりあえず……
 おいっ、そこのオマエ死にたくなかったらさっさと逃げろ!
 と、念じてみる。もちろん声は出してないから聞こえる訳がない。
 当然、例の野盗もセツナが居た所辺りを眺めたまま呆然としていた……


 速攻で着替えたボクは再び《渡りの道(ムーヴィング・ロード)》を唱える。
 川の中に転移するという間抜けなことはしない。
 転移ポイントはあの男の後ろ辺りに出るように調整してある。


  ―― ヒュン


 不意に野盗の後に人影が浮かび上がる。
 その気配に驚き、男が目をまん丸にして振り返るとそこに、ついさっき目の前で消え去った少女、つまりセツナがいた。

 セツナは冷たい笑みを浮かべて尋ねる。そこには殺気を漂わ寄っているのは子供でもわかる。
 『ゴゴゴゴ……』という効果音を付けてもいい。
「もう一回聞くけど……、みた?」

 セツナも伊達に“緋き眼のエタニティー”として畏れらていたわけじゃない。こんな雑魚、なりが変わっていようが簡単に威圧できる。
 セツナの殺気に飲み込まれた男は、腰が砕けて身動き取れなくなる。
 そして、なぜ、こんな小娘に圧倒されてるのか分からぬまま、雰囲気の流されて頷いた。

 セツナの放つ殺気が更に増す。そして顔には凍てつくような氷の笑み。それは本当の意味でキラースマイルかも知れない。
「じゃ、忘れてくれる?」
 本気で殺されると思ったのだろう。今度は勢い良く何度何度も首を縦に降る。
 こくこくこくこく……。

 セツナはその返答に満足し、殺気を霧散させた。
 そして、表情も緩ませた満面の笑みで――
「ありがと。ボクも人殺しはしたくないからね。同意してくれて嬉しいよ」
 こくこくこくこく……。

 セツナは男が一頻り頷いたのを見届けると、何を思ったのが不意に腰を屈めて男に詰め寄った。
 その表情には抑えきれない興奮と期待、そして僅かな不安……。それは見る人が見ればある種のヤバイ表情に見える。
 な、なんか嫌な予感がひしひしと沸いて来るのだが気のせいだよな? あは、あははははは……
「じゃあ……、しよっか」
 凍りついた。そこにいた、セツナ以外の全て人物が。
 そりゃもう、『カキーン』という効果音をどんなに豪勢に付けても付け足りないくらい見事に。

「な、なにをで、ございまするか?」
 硬直から何とか立ち直った男が言った。声が裏返り、妙な言い回しになってる……。
「だから、わ・す・れ・てくれるんでしょ
「あ、あい、確かに、そう言いやしたががががが」
 語尾を震わせつつ、男が答える。
「でも、簡単には忘れなれないよね? ボクのカ・ラ・ダ・
「……」
 男は黙り込んでしまった。どう答えたものか迷っているようだ。
 だが、そんな、男の迷いを気にも止めずセツナは言葉を続ける。
「だから、気持ちいい方法で忘れさせてあげる……」
「え゛っ……」
 男が硬直し……、ゴクリ、と息を呑む音が聞こえた……。

「ボク、初めてだけど、興味、あるんだよね。知り合いの話だと、とっても、気持ち良かった、って、言うし……。だから、さ、確かめさせて? 本当か、どうか、さ」
 セツナが言ったある単語に反応し、男が聞き返す。
「は、初めて、てやんすか」
 セツナはその問いに上目使いで男を見、答える。
「……うん。……初めてじゃ、ダメ?」
「そ、そんな事は……。で、でも、そういう物は、もっとキチンとした場所で、キチンとした相手とした方が……」
「ううん」
 首を横に振り、言葉を繋げる。
「ボクは今すぐがいい。そんなん待ってたらいつになるか分からないし……。だから、ね? お・ね・が・い・
 ゴクリ。
 男は再び唾を飲み込み……、ゆっくり、ゆっくりと頷く。

 どうやら、やっと覚悟を決めてくれたらしい。
 しかし、本当に焦らしてくれる。野盗の癖に根性のないことを言ったりしてさ。 「ありがと ボク、ホントに楽しみにしてたんだ、いつ確かめれるか、ずっと、ずっと……」
 身震い1つ。あっ、想像したら興奮してきた……。
 たぶん興奮のあまり顔は真っ赤になってると思う……。
「ほんと、たのしみ……、……ねぇ? 早く、しよ?」
 そう言って初めて獲物を見つめた雌猫の様に唇を舐める。
 後で思うと、この時ボクの瞳には狂気が浮かんでたのかもしれない……

 それを見て、男があとずさった。
 ピクッ
「……何で逃げるのさ?」
 今になって逃げられたりしたら堪んない。  ボクは手をついたままの体制でじりじりと男を追う。
「痛くしないから……、ね?」
 なおも男はあとずさる。
「ほんとに痛くなんてないから、逆に気持ちよくしてあげるから……」
 なおもボクは男を追う。
「本当に気持ちよくって頭の中が真っ白になるんだから、ね? 早くやろ?」

  ―― どす

 川辺に生えてた木に阻まれ、男のあとずさりが止まった。
 そして、それを期に弾かれたように男は言葉を放った。
「や、やっぱり嫌だ! こんなところで、こんな胸のない貧乳の女に奪われるなんて嫌だぁ!! オラは巨乳で美人の姉さんに童て……」 ―― ぶちっ。

 本日二度目。
「……もういい」
 そう呟き、ゆらりと立ち上がる。
「へっ?」
 間抜けな声を上げた男を無視し、言葉を続ける。
「もういい。人が折角相互合意の上でって言ってるのに……。もう我慢できないのに……。もういい……、勝手にやる……。オマエは、見たんだ。文句は言わせない……」
 そう呟き、呪文を唱えた。 ―― 《風の鎖(ウイン・ロック)》。
 その呪文によって生み出された風の鎖が男を縛り上げ、動きを封じる。
「れ、冷静になれ。お、落ち着くんだ」
 身動き取れなくなっている男のほうから、声が聞こえた。
「確かに今のボクは、冷静じゃないかも知れないね、落ち着いた方がいいかもしれないね。でも大丈夫、やり過ぎても真っ白になっちゃうだけだから、死んだりはしないから、だから……、やるね」
 誰にともなくそう答え、ボクは両手を胸にやった……


 って、おい。なんか妙な方向に話が進んでると思ったらアレをやる気なのか、セツナ!?
 と、止めはしないが、この後どうなってもナレータは責任もたねえぞ!?
 それでもいいのかっ? って、おいっ!? ナレータの話をちょっとは聞け! って!


 いくら念じても届きはしないナレータの心の叫びを気にも止めず、ボクは術を続けた。
 胸の前で両手をバツの字にクロスさせ呪文を唱える。それは、ボクの中のエタニティーを解放する呪文。
 そう、その呪をもって、エタニティー本来の力を解放する。
 “運命”によって狂わされた、下手すれば自身にも牙を剥く、力の一片を……。

   我れ解くる熾天の呪縛 解き放つはラファの聖風
   我が思いに答え、いま一刻の自由を与えよ
   翠玉に封じし 我が力の一片を
   《開封(ディ・シール)》

  ―― キィーン

 何処からか透き通った金属音がした。
 ボクはエメラルドの填められた髪留め『ラファの聖風』へと手をやり、それを外す。
 髪留めの束縛から解き放たれた髪は、重力に従いポニーテールから滑らかなロングヘアに姿を変える。
 前髪を残して微かに光を放つそれは、首を振り風に絡ませてやるだけで瞬く間に銀色のそれに戻る。
 そう、『変わる』のではなく『戻る』のだ。
 封印を解かれたエタニティーの力の象徴、銀色の髪に。

 封印から解き放たれた魔力が、ボクの中で吹き荒ぶ。
 凄い。4つの封印の内、たった1つ、それだけを開封しただけなのに、凄くやばいと感じる。
 手元を離れて、初めて気付くことがあるということかもしれない。
 ボクは初めてエタニティーの魔力の膨大さに気付かされた。
 今のボクじゃ膨大過ぎて制御しきれないかもしれない……
 でもよほど気を抜かない限りは封印1つ分位まら、充分に制御できると思う。
 ……まあ、それでもずっと解放していたいとは思わないけどね。あはは。

 懐かしいエタニティーの魔力と戯れるのもそこそこに新たな呪文を紡ぐ。
 その呪文は風に関与し、記憶という『時』を吹き飛ばす呪法。
 封印したままでは魔力の消費量が激しい為、使えこなせない。けど、今なら……

   記憶刻むは大地 大地喰らうは風
   忘却の川 レーテの風を齎して
   詩人よ歌え 消え逝く記憶のその詩を
   《忘却の詩人(レーテス・ミンストレル)》

 男の体が淡い緑の光に包まれる。
 コレで光に包まれているのが美少女なら幻想的なんだけど ―― むさい男じゃあ……、ねぇ?


 数秒後、光から解き放された男は、楽しかった夢の余韻に浸ってるかの呆然としていた。
 あまりの気持ち良さに夢見心地といったところだろう。

「あの、大丈夫ですか?」
 再封印が終わった証拠として髪色が元の栗色へと変わったセツナが、男の肩に手を掛け軽く揺すった。
「ふわぁ、だれだぁ、人が折角いい夢見てたのに起こしやがって……」
「ごめんなさい。と、ところで何でこんな所で寝てたんですか? 水死体かなんかじゃないかと心配したんですよ?」
「ん、あー、うん。」
 男は思い出そうと少し思案したのち、こう答えた。
「あー、確かだな。オラはお頭に言われて、今日の飯を釣りに来たんだ。で川の方にさ来たらいきなり夢の中だっべ」
 とりあえず消し過ぎたって事が無いようだ。ふう、良かった。
 もし間違って消してしまったら取り戻し様が無いからな。
「けんど、いい夢だった」
「夢?」
「んだ。めんこい女子さ、出てきてエッチしよって誘って来たんさ」
 それを聞き、セツナがぼそっと呟いた。
「……もしかして、夢として覚えてる?」
 それは無い筈だ。だが、セツナは恐る恐る男に聞いてみた。
「……その女の子って、もしかして ―― 」
「ん? あぁ、違うよ。嬢ちゃんみたいな胸のないガキじゃなくて、ナイスバティーで妙にピッタリした黒の下着をつけた、妖精みたいにでえらぁ別嬪な姉ちゃんだったっぺ」
 案の定セツナではなかったらしい。……って、ナレータかよっ!?
「ふ、ふ〜ん。ところでアンタって野盗だよね」
「んだが」
「なんで、ボクを襲おうとしないのかなぁ。とか言ってみたりして」
「んまぁ、起こしてもらった義理もあるし……」
「へぇ、以外に義理堅いんだ」
「もとより、おまんみたな貧乳ペッタン娘には興味ねえし……」 ―― 本日三度目。しかも『ぐしゅ』という奇妙な効果音付き
 セツナは、急所を抑えうずくまっている野盗の尻目に…… 「……潰す」
 いや、もう手遅れなぐらい潰れちまってるとナレータは思うぞ?


―― その夜、セツナが床に着いた後の話。

 と言うことが昼間あって……
>キレたセツナが野盗のアジトを半壊させた、と?
 そうだ。
>でも、その野盗から見れば『貧乳』って言ったと言う理由だけなんでしょ。覗いた事は忘れてる訳だし
 ……、そうなるな。
>何となく可哀想な気もしないではあるわね。
 だな。

 ところで……
>なに?
 セツナに何したんだ? なんかうっすらと涙を浮かべて凄くうなされているのだが……
「う、うぅん、ごめ……さい、ごめん……い、ごめんな……」
>勝手に封印解いたから、そのお仕置き。
 そいつは楽しそうに笑って言ったのだった。


 その夜、ボクは夢の中で彼女にあった。

>久しぶりね。セツナ。
『あっ、久しぶりです』
>ところで、早速本題だけどアンタ、封印解いたでしょ
『あっ、えっと、それは』
>問答無用。お仕置きよ。
 彼女が『パチン』と指を鳴らすと、ボクの着ていた服はポン♪と言う音と同時に白い煙に包まれたかと思うと見たこともない服へと変わってしまっていた。
 その『伸縮性の高い紺色の材質で作られた一体型の下着(?)』は、肌にフィットしボクの身体のラインをはっきり浮かび上がらせている。
>ん〜、なんか足りないわねぇ
 彼女が口に手を当て何か考える。
>あっ、そうだ。これだわ。
 パチン。再度、指を鳴らす彼女。
 ボクの胸の前で煙が上がる。その次の瞬間、一体型の下着に異界の言葉で『せつな』と書かれているらしい四角くて白い布が縫い付けられていた。
 その途端に、なにやら恥かしい格好をしているような気がしてボクは顔を赤らめてしまった。
>やっぱ、スク水には名札よね♪
『な、なんか恥かしい……』
>じゃないと、お仕置きにならないでしょが!
『うう、それもそうだけど……』
>じゃあ、その上からで良いからエプロン着けて。そこに置いてあるから。
『こ、この上から、ですか?』
>……別に嫌なら、裸エプロンでもいいわよ?
『よ、喜んで着させていただきますっ!』

『き、着れました』
>よろしい。……スク水エプロンもいいけど折角の名札が見えないのは失敗だったわね。
 内心、ガクブル物だ。『やっぱり裸エプロン』とか言われた日にゃ溜まった物じゃない。
>まっ、いっか。んじゃ、これ切って。
 パチン。煙と共になにやら茶色い球形の物が大量に出現する。
 どうやら、ガルヴェローザに存在しない物(?)みたいだけど……
『これは?』
>あたしの世界では普通に店で売ってる野菜よ?
 なる。……でも、なんでそれを切るのがお仕置きになるんだろ。
>切れば判る。
 それだけ言い残して彼女は消えた。







―― 数時間後(セツナの体感時間で)

 ボクは流したくも無い涙を流しつつ、うわ言の様に『ごめんなさい』とくり返し呟いていた。
 けど、その原因 ―― 『タマネギ』はまだ3分の2以上残っていた……


《後書きというかなんつうか》
 えっと、まず御免なさい。
 もしかしたら見るブラウザによっては赤い文字が文字化けしているかも知れません。
 その文字は『(ハート)』の筈なんです。どうしても使いたがったんです。
 文字化けしている人いたら御免なさいです。

 で、予告を破って第0.5話。楽しんで頂けたでしょうか。
 なんか濡れ場が満載です。特にセツナ。
 ちゅうかセツナがあんな天エロになるとは……
セツナ「天エロって何さ?」
 うぉ、急にポップアップするなこの天エロ娘がっ
セツナ「人をどこぞのweb広告みたいに言わないでよ。で、天エロって何?」
 意図せず自然にボケるのが天ボケ(天然ボケ)だから、意図せず自然にシモやエロをするオマエは天然エロ、略して天エロ。
セツナ「……? ボク、そんなエッチな事やったっけ?」
 やっぱ気付いてないし……
セツナ「えっ?」
 まあ、気付いてないなら気付いてないでいいが……
セツナ「???」
???「んな事より、またあたしの名前が出てないっ!!」
 うわっ、また湧いてきた。
???「湧いてきたってなによ!? 沸いてきたって」
 ……。
 で、今回の話……
???「あっ、無視!?」
 どちらかと言うと、本編じゃなくて番外編に当たる訳だが…・・
???「それよっ! なんであたしが活躍する本編じゃなくて番外編なのよ!?」
 いや、活躍するかどうかは置いといて、どうも一話でのセツナの陰が薄いなぁと思ってな?
 だから、セツナのキャラ立てにその原因の一端であるオマエの出番減らして、セツナのモノローグを入れた訳だが……
???「あっ、それであたしの出番が少なかったのね!?」
 うん。でだな、当初、考えてたのは『自己嫌悪気味の女の子に成り切れない中途半端なTS娘』だったわけなんだが……、なんか勝手に天エロ属性つくし(泣
セツナ「だから、ボクはエロじゃ……」
 とま、そろそろ時間なのでこれにて
セツナ「むしっ!?」
???「あたしのなまえ〜!!」
 んでは、次こそは第2話でお会いしましょう。


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