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かれかのバレンタイン
作:天爛


 バレンタイン1週間前。生まれてこの方16年、こんなにもチョコレートを買うのが恥ずかしかった事はない。確かに去年までもこの時期はチョコレートを買うのに勇気がいった。でも、それとこれとはまた別だ。なんせ、彼、いや、彼女にとって、ある意味初めてのバレンタインデーなのだから。

 光陰矢の如し。本命・弘を意識しすぎて逆にギクシャクした関係になってしまった日々はとっとと過ぎ、バレンタイン当日。ここんとこのギクシャクを解消するいい機会、というか今日を逃したら二人の中を復元するのは不可能になるのではないかと思える。だから、今日は絶対渡すぞ! 意気込む少女・奈緒の姿があったのは言うまでもないのっであった。
 
「うん、やるぞ!」
「なにを?」
 息巻く奈緒に、友達の加奈が声を掛ける。
「うわぁ、って、加奈か……」
「あはは、驚かしちゃった? ごめんごめん」
「ふう」
 奈緒を深く息を吐く。落ち着こうとする。が、加奈がそれを許さない。
「で、なにをやるのかな?」
「な、なんでもないよ。うん」
 焦りまくってる奈緒を面白そうに見つつ、加奈は猶も奈緒をおちょくる。
「ま、頑張ってね♪」
「だ、だから、なんでもないって」
「あはは。で、毎年恒例のアレしよ」
「……アレ?」
 奈緒には心当たりがない。
「やだなぁ、チョコレート交換だよぉ」
「あっ!」
 そう言えば去年そんな事したって聞いた記憶が……
「もしかして忘れてた?」
「ご、ごめん……」
 なんとなく申し訳なくなってうな垂れる。
「いいよいいよ。ここん所、弘君の事でいっぱいいっぱいだったもんね。なおなおは」
「だから、違っ!」
 ともかく、持ってくるのを忘れただけだと勘違いしてくれたらしい。ラッキーなのか?
「まあ、あたしが持ってきたの、渡しとくから明日なおなおが作ったの頂戴ね」
「う、うん」
 加奈の差し出したチョコを受け取り、思わず頷く。あ、明日までに用意しとかないと……。奈緒は内心そう思う。
「弘君とラブラブになって、その熱で溶けないように気をつけてね♪」
「だから、ちが〜う!!」
「きゃ〜」
 逃げる加奈を追っかける奈緒の顔が火が出そうなくらい真っ赤だったのは怒りの所為ではないだろう。……まぁ朝の時間はこうして過ぎていった。

 なかなか手渡すタイミングを見つける事がもできず昼休みとなった。弁当を食べ終わり、デザートに加奈から貰ったチョコをひとつ摘んで一人心地。なんか去年『弘』が貰った義理より凝ってない? とか考えに耽り小一時間。キーンコーンカーンコーン。あっ……渡し損ねた。

 放課後、弘のいる筈の部室へと足を運ぶ。その扉をロックしようとした時、ちょうど弘ともう数人の声がきこえてしまい、手を止めて立ち止まる。べ、別に立ち聞きしたいわけじゃ……と、奈緒は自分に言い聞かせるが、扉を耳をつけている時点で、もうそれは言い訳でしかなかった。
「おっ、弘。それ。もしかしてチョコか?」
「えっ、あぁ。そうですよ」
 えっ、弘、もうチョコ貰ったんだ……。で、でも去年は『弘』も義理チョコを貰ったし、弘もそうだよね?
「もしかして、手作りチョコか」
「だと良いんですけどね、あはは」
 て、手作りなんだ。奈緒はがっくり来る。確か、去年は『奈緒』も手作りだったけど、今年のは……。
「ほ、本命とか?」
「あはは、そうかも」
 本命なんだ……。で、でも、最近の弘は、前の『弘』より人気あるから、ありえない話し。それが弘の本命とは限らないし、ね?
「そう言えば、お前も嬉しそうじゃないか」
「あはは、ノーコメントで」
 本当に弘の声が聞こえる。そ、その反応は、ホントに相思相愛?
 ……えっ? しばし硬直。そして時は動き出し……
「えぇぇぇぇぇ〜〜〜〜?!?!」
 予想外の展開に思わず声を上げる奈緒。もちろん、扉のすぐそこで大声上げたのだから、中に居る弘に気付かれるのは、当然の摂理である。
「あれっ? 奈緒ちゃん?」
 奈緒が扉の向こうに居ることに気付いた弘は扉に近づく。その空気を感じ、奈緒は思わず逃げ出してしまった。――ガチャ
 弘が扉を上げた時には、時既に遅く、奈緒の後姿ははるか遠くに行っていた。呆然とその後ろ姿を眺める弘に、部活の先輩が声を掛ける。
「おっ、おい。それ、奈緒ちゃんからじゃないのか?」
「そうですけど……、俺、奈緒を探してきます」
 そう言って、先ほどまで話題になっていたチョコを持ったまま、奈緒が走り去っていった方へ走って言った。
「――それ、持っていったら逆効果じゃ……」
 部室の中で誰かがそう呟いたが、弘の耳に届く余地もなかった。

 奈緒は屋上にいた。屋上で、弘の為に買ったチョコレートを処分していた。一個十円のチョコレートを袋にいっぱい詰めただけの物だ。女になって間もない奈緒には手作りチョコなんで土台無理だ、だからコレを『弘への思いをいっぱい詰め込んだんだから』とか言って渡す積もりだった。でも……
「こんなのより、本当の女の子から貰った手作りチョコの方が。弘も嬉しいよな……」
 呟き、もう不要となったチョコを自棄食いさながな処分していたのだった。――ギィー
 背後で扉が開く音がした。奈緒が振り返るとそこには、件のチョコレートを脇に抱えた弘がいた。
「はぁはぁ、やっぱりココか……」
「弘君……」
「なあ、これ食べてくれない」
 そういい。手にしていたチョコを奈緒に差し出す。あまりにも酷な事を言う。奈緒はそう思う。
「ううん、弘ちゃんが自分で食べなよ。それ、本命なんでしょ?」
「うん、本命だからこそ貰って欲しいんだ」
「おかしいよ、折角好きな人から貰ったのにあたしなんかにあげるなんて……」
「……ちがうよ。これは人にあげる為のチョコだよ」
「……えっ?」
 思わず、目を丸くして見つめ返す奈緒に、弘は頬を掻きつつこう続けた。
「僕から奈緒、ううん、あたしから『弘』への本命バレンタインチョコよ」
「えっ……」
 奈緒の時が止まる。予想もしながった。入れ替わってからの弘は『弘』よりも男らしかったから、奈緒も『奈緒』の事を男として見てしまっっていたから。
「で、奈緒はくれないの?」
 弘が手を差し出す。何を要求してるかは言わずもがな。だが奈緒は申し訳なさそうに、手の上にそれを置いた。
「……これだけ?」
 弘が眉を潜める。それもそのはず。なんせ手の平に置かれたのは十円チョコ一つだったのだから。
「もしかして義理、とか?」
「ううん、違うよ。ホントはね、もっと有ったんだよ。でも、弘君が紛らわしい事するから……」
「そうなんだ……」
「……ごめん」
 二人の間を重い空気が包む。
「……残りは?」
「処分しちゃった……」
「処分って食べちゃった、とか」
「うん」
 奈緒か顔を真っ赤にしてこくんとうなずいた。
「なら……」
 そういうと同時に弘は奈緒のあごを持ち上げ――チュッ
「ん?!」
 奈緒はいきなりな口付けに一瞬、目を見開いたがすぐに瞳を閉じてその心地よい口付けに答えた。
「ん」
 二人の唇が離れる。そして……
「い、いきなり何するんだよ、この『バカ奈緒』!」
「奈緒からのチョコ、確かに頂きました。By弘 ってね?」
「バ、バカ」

 屋上からの戻り道。
「ねぇ、弘? これから家に来れる?」
「ん〜、問題ないと思うけど、なに?」
「良ければさ……、手作りチョコの作り方教えてくれる?」
「……いいけど、ちょっとがっかりかな」
「えっ?」
「チョコを体に塗って、あたしを言ってくれる物だとばかり……」
「――弘って、ときどき元から男じゃないかと思うときがあるよ……」
「まあ、冗談はさておき、……いいよ」
「ありがと〜、お礼に初めてあげる♪」
「えっ?! それって」
 驚きに固まっている弘をそのまま置き去り。
 奈緒は弘から数歩離れて振り返る。
 そして満面の笑みで――「……手作りチョコのことだよ?」




《後書きというかなんというか》
 時期ネタ。
 入れ替わったカップルのバレンタインって感じですね。

 ……当作品はフィクションです。
 よって本当に義理より交換用が凝っているかどうかは、定かではありませんww


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