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 かの地、エリュシオン。あまたの世界観が混在し、世界各国に転性師と言われるTS能力保持者が存在する世界。また、そのすべての国においてTS事象が確認されてもいる。
 とある軍事大国では戦略兵器として多くのTS兵器が生み出され、とある剣と魔法の国では今日も妖精たちがTS魔法でイタズラを行う。
 それは現在日本を模したここジパングにおいても例外でない。TS怪人で世界征服を目論む悪の秘密結社がいれば、それを阻止する正義のTS戦士も存在する。
 TS事象の存在は一般社会にも広く認知され、テレビ番組などでは朝おん率の高い県ランキングなどがテーマになることもままあるし、力を悪用する悪い転性師と日夜戦う警視庁第9課TS犯罪対策係の姿を撮ったドキュメンタリーなんかは根強い人気だ。
 この話は、そんな異世界エリュシオン、その一国ジパングにおける転性師とは関係ない、しかしTSとは切っても切れないとある少年少女たちの物語である。


 〜 TS怪盗御伽 紅玉のルビィ 〜 
作:天爛
イラスト:delta-TSF さん Ruins さん (掲載順)
提供:エリュシオンTCG

※この作品はオンラインTSFカード『ゲームエリュシオンTCG』のカード《怪盗少女》のバックストーリーとなっております。
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怪盗少女  いまは現在、ジパングのとある街に1人の少女がいました。
 年の頃は15、6。栗色の長い髪。身に纏うのは黒のドレス。
 膨らんでいるかも怪しい胸元には、名前の由来ともなった赤い宝石がはめられたブローチが身に着けられていました。
 そう、少女の名はルビィ。いま巷をにぎわす怪盗です。
 とある理由により、ルビィは様々なTS縁の物を盗みだしてきました。
 その多くはそれらを悪用してきた人からの盗みであり、それ以外に関しても何かしらの人助けといるとのこと。
 その為、一部の人々からは義賊と称され、密かにファンがいたりするほどです。
 
 今宵もルビィは盗みを成功させました。
 街にはサイレンが鳴り響き、闇を切り裂くようなサーチライトが彼女を探しますが、そんなものはどこ吹く風。
 ルビィはそれらをすべて潜り抜け、そびえ立つビルの合間を悠々と跳び跳ねて、意気揚々と帰路につきます。
 ルビィは今夜も上機嫌。それは盗みが成功した事だけが理由ではなく、胸を焦がすような好敵手との対決。
 それがあったからかもしれません。

◆◇◆◇◆

 時は流れて翌朝。
 怪盗ルビィとライバル関係にある少年探偵・白木鋏介(しろき きょうすけ)、そしてその親友・赤石広夢(あかいし ひろむ)、彼ら二人の通う高校へと舞台は移ります。
 
 その日、広夢が教室に入ると、鋏介が何やらふてくされた様子で自席に座わっていました。
 まあ、それはこの教室ではよくある風景でしたので、気にすることなく広夢は鋏介に声をかけるのでした。
 
「どうだったよ? 怪盗ルビィとの対決は。」
「見ればわかるだろ。」
 
 広夢の問いに鋏介はムスッとした表情で返します。
 その表情から察するとおり、昨夜の怪盗ルビィとの勝負は彼の負けでした。
 取り逃がしたのは言うまでもなく予告の品まで奪われたのです。
 どう言い繕っても勝ったとは言えません。
 
「あー、やっぱそうか。そうだと思った。」
「なら、訊くな。」
 
 そう言ってそっぽを向いてしまった鋏介ですが、ふと何かに気づき広夢の方を向き直したのです。
 
「……なんで昨日ルビィが現れたことを知ってるんだ?」
「あっ」
 
 鋏介のその質問に広夢は思わず口を押さえます。
 実は昨日のルビィの犯行予告は非公開情報であり、広夢が知っているはずがない情報なのです。
 そして広夢のそんな様子を目聡く見つけ、二人の会話に割り込んでくる少女が一人いました。

「非公式、非報道だったはずなのです。それを知ってるなんてヒロムはやっぱ怪しいのです。さあ、昨日のアリバイを言ってみるのです!」
 
 この金髪で背が低く、その割には胸のある少女はメイ・パーキンスです。
 セーラー服の上にインバネスコートを身に纏い、探偵帽を被っている彼女は、対ルビィの陣頭指揮を執るパーキンス警部の一人娘です。
 昨日ルビィが出たことも父親から聞いたのでしょう。
 また、自称”名探偵”であり他称”迷探偵”であり、ことルビィに関しては他の誰もが違うと言っても、ルビィ=広夢説を譲ろうとしません。
 そんな彼女の追求に対して広夢はさらに言葉を詰まらせます。
 
「あー、それは……」
 
 思わず明後日の方向に視線を逸らす広夢。
 すると、今度はそんな広夢を見かねて、また別の少女が声を掛けたのです。
 その少女は自他共に認める”情報通”文屋新(ふみや あらた)。
 彼女は鋏介と広夢、そしてメイとはクラスメートで、この世界においてはそれほど珍しくないTS少女でもあります。
 新は胸も程良くありきれいな顔立ちをしています。
 そのためTSしたての頃は言い寄ってくる男が後を絶ちませんでしたが、広夢を偽の彼氏役に立てるという対策を講じたのです。
 そしてその関係は告白の減ったいまでも続き、いまでは夜の電話など本物のカップルらしい行動も取るようになっていたのでした。

「それは昨日の夜、私が電話で教えたからですよ。すでに始まっちゃってる時間だったので、問題ないかと思いまして。一応、言わないよう約束はしてたのですけど……。ヒロくん、あとでお仕置きですからね?」
 
 微笑みながらそう宣言する新に、「うあ。」という呻き声?を上げる広夢でした。
 そんな二人を見た鋏介はふっと笑みをこぼしました。
 そして広夢もその表情の動きを見逃しません。
 
「あっ。て、てめぇ。ハメやがったな。」
「もちろん。」
「で、えと、ルビィが出現したのを知ってる理由はわかったのです。け、けどアリバイは?」
 
 食い下がるメイのその問いかけに、鋏介は大きくため息をつきました。
 
「だから、おまえは『迷探偵』って言われるんだ。」
「ほえっ? ど、どうしてなのです?」
「だから、文屋が昨日の夜、広夢に電話したって言ってただろ?」
「確かに言ってたのですけど……」
「つまり、ルビィが出現していた時間帯には広夢は電話していたことになる。」
「あっ。と言うことは、ルビィもその時間に電話していたってことなのです?」
「「いやいやいや」」
 
 メイのボケに対して、思わず手を横に振る広夢と新。
 そして鋏介は言葉を続けます。
 
「いや、少なくとも僕が見る限り、ルビィにそんな様子はなかった。」
「えっと、じゃあ……」
 
 そこまで言ってから、メイはほかにアリバイを崩す方法がないかを考えてみました。
 ですが、そうそう思い浮かぶはずはありません。
 
「つまり昨夜ルビィが出現したって事を知ってるのが、今回の広夢のアリバイだ。」
「あう。」
 
 言いよどんだ間に、鋏介が結論付けてしまったため、それ以上の『迷』推理を展開できなくなり、メイはしょんぼり落ち込んでしまったのでした。


◆◇◆◇◆

 数日後の昼休み、鋏介が一人で廊下を歩いていると、新が声を掛けてきました。どうやら鋏介の事を探していたようです。

「おや、ちょうどいい所に。」
「うん? なにか僕に用か?」

 呼び止められた鋏介は、何事かと足を止めます。

「えぇ。ちょっとこれを。」

 新はそう言うと、鋏介に一通の便せんを差し出しました。
 鋏介はすっと差し出された便せんを半ば無意識に受け取ったのですが、それを改めて確認し困り顔を浮かべました。
 その便せんはピンクの可愛らしい柄で封には赤いハートのシールが使われて……、つまり、誰がどう見てもラブレターという類のものだったのです。

「これは?」
「とある人にどうしても渡してほしいと頼まれまして。」

 問われた新は申し訳なさそうにそう答えます。
 どうやら新も無理やりに頼まれて困っていたようです。

「いや、それは分かる。というか文屋は広夢一筋なんだろ?」
「まあ、そうですけどね。」

 含みを込めていった鋏介に対して新はしれっと返したのでした。

「で、これはどこの誰からだい?」
「中身を見ればすぐわかりますよ。」
「りょーかい。」

 鋏介は受け取った便せんを指にはさみ敬礼に似たポーズを取り軽く返しました。

「では、私は他に用事があるので先に行きますね。」
「あぁ。またあとで。」

 そう言って階段の方へ向かう新でしたが、思い出したように振り返り、さっきの場所に残っている鋏介に声を投げました。

「あっ、そうそう。鋏介君なら大丈夫でしょうけど、ちゃんと中身を見て返事してあげてくださいね。じゃないと、私の面目丸潰れなんで。」
「わかってるって。」
「まあ、探偵さんなら彼女を振ることはないと思いますけど。」

 そう意味深な言葉を残すと新は階段の方へと駆けていきます。

 残された鋏介は新の残した言葉に少しの疑問を感じ、首を傾げます。
 自分はまだ、少なくともルビィを捕まえるまでは女と付き合うつもりはない。その事は新も知っているハズだ。それなのになぜ今回はまるで付き合うのが当たり前のような言い方……。いや、その前に最後の言葉、新は自分をなんと呼んだ? 確かいつもの『鋏介君』ではなく『探偵さん』そう呼んだ。『探偵さん』。自分の事をそう呼ぶのは『あいつ』しかいなかったような……
 間が悪く鋏介がそこまで思考を巡らせた所で、不意に声をかけられたのでした。

「よ。こんなどころで立ち止ってどうしたんだ?」
「あ、うん。ちょっとな。」

 声をかけられた方へ顔を向けた鋏介は、一瞬固まってしまいました。
 そこには声の主である親友・広夢の他に、さっき別れたはずの新がいたからです。
 そしてその新は鋏介の手にした便せんに気づき、面白いものを見つけたとばかりに目を光らせたのでした。

「あれっ、それってもしかしてラブレターですか? 鋏介君も隅に置けませんね。いったい誰から貰ったんですか?」

 矢継ぎ早に問いかける新に鋏介は少し言い淀みます。

「いや、君から……」
「へ、私? 私そんなの渡してませんよ? そもそも私にはヒロくんがいますし。」

 これ見よがしに新は広夢の腕に自らの腕をからませます。
 そして鋏介は小さく舌打ちをすると噛み潰したような顔をしたのでした。

「……。おい、広夢。文屋とはいつから一緒にいた?」
「ん? えっと……」

 少し間を置き、新の方に視線を向けた広夢でしたが、すぐに言葉をつづけます。

「教室を出た時から一緒だったぜ?」
「そうか……。」

 鋏介はそう呟くと、新が、いえ、この手紙を渡した人物が消えていった方へ目を向けました。

「さすがにもう追いつけないな。」

 そうため息をついた鋏介に、新が食い下がります。

「話そらさないで下さいよ。一体誰に貰ったんですか? そのラブレター。」

 いつの間にペンとメモ帳を取り出した新は鋏介に詰め寄り、

「それ、俺も気になるな。」

 親友のはずの広夢もそれが気になるのか、新を止めようとせず、

「メイも気になるのです。さぁ、キョースケ。とっとと吐くのです。」

 いつの間にか現れたメイにも詰め寄られる始末です。

「はぁ。」

 深くため息を吐いた鋏介は、軽く辺りを見渡ます。
 そして他に誰も見ていないことを確認すると、おもむろに便せんの封を開けました。
 するとそこには一枚のカード、広夢たち、特に鋏介にとっては見慣れたカードがそこに入っているではありませんか。

「ルビィだよ。ほら。」

 鋏介は、そのカードを取出し、広夢たち見せます。
 それは怪盗ルビィからの予告カードでした。
 そしてそこには一行で、こう言う風にルビィからの犯行予告が書かれていました。

『本日21時、秘宝『魔法の鏡』をいただきにまいります。 ―― 怪盗ルビィ』

「魔法の鏡?」

 そう疑問の声を上げたのは広夢です。

「知らないのか? 割と有名なんだが。」
「あぁ。すまん。」

 広夢は本当に知らないようで、少し考えてもやはり思いつかないようでした。

「じゃあ、『機密の敦子さん』という昔のアニメを知ってるか? 懐かしのアニメ特集とかでよく取り上げられたりするんだが。」
「あぁ、それなら聞き覚えがある気はするな。」

 広夢はどうにか記憶を掘り起こし、そう答えました。

「そのアニメに出てくる魔法のアイテムが俗にいう『魔法の鏡』なんだ。」
「へぇ、でもアニメなんだろ。」
「うん。そうなんだけどね。実は……」

   ―― キーンコーンカーンコーン

 と、鋏介はそこまで言いかけていたのですが、その言葉は広夢にとっては運悪く予鈴によって中断されてしまうのでした。

「っと、もうこんな時間か。先生に準備を頼まれてたんだった。すまんが、あとは文屋にでも聞いてくれ。それとメイ。警部にルビィから予告状が来たと連絡を頼む。あと、学校が終わり次第、僕もそっちへ行くとも。」
「ラジャ―なのです。あっ、メイも一緒に行くのですっ。」

 そう言葉を交わし鋏介とメイは慌てて教室へ向かっていきます。

「ちなみに『機密の敦子さん』は伝説の刑事・敦子輝義が国家機密によって守られた不思議な鏡の力で、様々な職業婦人や少女に変身し、多くの事件を解決へと導びくという超名作アニメですよ? っと、そう言えば……。鋏介君ちょっと待ってください。実はちょっとした情報が……」

 広夢が望んだものではない補足をつけた新でしたが、不意になにかを思いだしたようです。
 鋏介にそれを教えるため、すぐに二人の後を慌てて追いかけていってしまいました。

「いや、だからアニメなんだよな? どうやって盗むんだ?」

 そうして、一人取り残された広夢もそうぼやきつつしぶしぶ教室へ足を運ぶのでした。

◆◇◆◇◆

 時は経ち、宵の口には少し早いかというところ。
 他に誰もいない諜報部の部室で新は1人、資料を漁っていました。
 ちなみにこんな時間まで新がいられるのは、持ち前の情報力で教師陣を説得(きょうはく)したからだったりします。
 そもそも部員が2名しかいない諜報部が成立し、しかも部室を持てていることにしてもそうなのです。
 本来5人揃わないと部を設立できないこの学校で、部員が彼女1人だった頃から既に部室を持っていたのですから、その情報力がどれほどのものか想像にたがわないでしょう。

「ふぅ。」

 今回のルビィの獲物『魔法の鏡』についての資料を粗方読み終えた新は、ちらりと掛け時計をみました。
 時計の針は20時を差し、そしてそれはルビィの犯行予告時間からちょうど1時間前に当たります。

「そろそろいい時間ですね。」

 普通ならばここから犯行予告場所まで行くとしたら時間には到底間に合わないでしょう。
 ですが、ルビィにはそれが当てはまりません。
 ルビィは常人離れした運動神経を持つので、曲がりくねった道筋をショートカットして30分か45分でついてしまいます。
 いろいろと準備した上でも十二分に間に合う時間でした。

   ―― ガラリ。

 そしてその時、不意に引戸か開き1つの影が入ってきました。
 それに気付いた新は驚く事もせず、入ってきた人物 ―― もう1人の諜報部部員に声を掛けます。

「待っていましたよ。ルビィちゃん。」

 そう言われた少年・赤石広夢はその顔に苦笑を浮かべます。

「この姿のときにその名で呼ぶなって。」
「ならさっさと変装をしちゃってくださいよ。」

 そう言われた広夢は、右手を下から上へ身体の前を通るように大きく振ってみせます。
 するとどうでしょう。少年の手足が、体格が、服が、顔つきが大きく変わったではありませんか。
 そこにはもう広夢の姿はなく、元の面影を残しつつも同年代の少女がそこにいたのです。
 栗色の長い髪に身に纏うのは黒のドレス、膨らんでいるかも怪しい胸元。そう、広夢こそが怪盗ルビィだったのです。
 ただ、怪盗ルビィの正体が広夢なのかというと少し首を捻らないといけないかもしれません。
 どちらかというと怪盗ルビィを名乗る少女こそが、広夢であるというべきだからです。
 先ほど新は『変装をする』と言いましたが、実際はそうではありません。
 事実はその逆で、それまでしていた変装を解いたのです。もちろん新もその事を知ってます。
 ですが、そこは相方である広夢への気遣いと言うものです。



 ある日、目が覚めると広夢は女になっていました。
 原因は不明。専門医もわからないといいます。
 とりあえずその日は学校を休んだものの、翌日になっても元に戻る気配はありませんでした。
 もちろん広夢は女子として学校に行くことを渋ります。
 そこで広夢の母が出した妙案が、もとの姿に『変装』して登校するというものだったのです。
 普通の家庭ではまずありえない発想ですし、そもそも実践したとしてもすぐばれるでしょう。
 男の時の面影をわずかに残してはいるものの、女になった広夢はどう見ても ―― まあ、内面と体のある一部分を除いてですが ―― 女の子なのですから。
 けどしかし、幸か不幸か天才メイキャッパーの異名を欲しいままにする広夢の母にはそれを可能にする技術がありました。
 そして幼い頃からその手ほどきをされてきた広夢自身もすぐに自分自身の手でそれができるまでになったのでした。
 その後、新の情報力には敵わず正体がバレ、すったもんだかあってなぜか怪盗をする羽目になったのですが、まあ、それはまた別の話。


 変装を解いた広夢でしたが、怪盗ルビィとしては後1つ足りていないものがありました。それは……

「ルビィちゃん。……コレ忘れてますよ?」

 そう言って新が差し出したのは、ルビィにその名の由来でもある赤い宝石をあしらったアクセサリです。

「それがないと口調バレしてしまうかもしれないんですから、気をつけてください」

 広夢はそのアクセサリを受け取り、すぐに身につけます。

「うん、ごめん(あぁ、すまん)」

 このアクセサリではただのアクセサリではありません。口調矯正および身体能力向上の効果を持つ代物なのです。
 これがあってこそのルビィであり、これがなければルビィの戦力は半分以下になってしまうでしょう。

「で、今日の予告の品なのですが……」
「それ、ずっと気になってたんだけど、アニメに出てくる『魔法の鏡』をどうやって盗んたらいいの?」
「実はあるんですよ。実物が……」


 そんなやり取りを思い出しつつ、ルビィはビルの谷間を翔け抜けます。
 今回の予告の品『魔法の鏡』。それはアニメ『機密の敦子さん』の終了数年後に発見されたある種のオーパーツです。
 同作に登場する『魔法の鏡』と全く同じ形状、類似する効果を持ち合わせていた為、同じように『魔法の鏡』と呼ばれるようになりました。
 そしてそれは『機密の敦子さん』の元となったとも、逆に『機密の敦子さん』を元に作られたとも言われるています。
 事実、制作時期が不明で計測法によりまったく別の製造時期が割り出されてしまうため、本当の製造時期は謎となっているのです。
 ある計測法によると終了後に作られたと出、また別の計測法だと超古代の遺物と出る、そんな具合なのです。
 現在、その『魔法の鏡』は事業家・篤児照義氏がアニメの主人公と同名だという酔狂から手に入れ、そのまま所持しています。
 特にその鏡を悪用しているわけではないのですが、新によるとその篤児照義氏が誰かとすり替わっているのじゃないかという情報が流れているそうなのです。
 まあ、情報強者である新が仕入れた情報なのですから間違いはないでしょう。なのでルビィもその情報を信じることにしました。
 自分の為、自分が男になる方法を見つける為に盗みを働く以上、罪のない人間には迷惑をかけない。
 それが広夢の、いえ怪盗少女たるルビィの信念です。
 ルビィは悪人からしか盗まないことを条件に新と組んでいるのですが、たまには人助けの目的で盗みをすることがあります。
 そう今回がそのパターンです。
 自分 ―― ルビィが予告状を出せば、広夢にとっては親友でありルビィにとっては好敵手である名探偵・白木鋏介は必ずやってきます。
 そうなれば本物の篤児氏は彼が見つけてくれるでしょうし、仮に何かに変身させられていたとしても、自分はその解除法を知っています。
 とは言っても、それも頼りになる相棒から教えてもらった情報ですが。
 兎も角、自分と鋏介がいれば何とかなる。そう思うルビィなのでした。

「ふふっ、今日はどんな罠が待っているのかな♪」

 誰知らず、ルビィは誰に聞かせるでもなくそう呟いきました。
 本来の目的とは別に、鋏介との勝負を楽しみにし始めてる自分にまだ気づいていないようです……。

◆◇◆◇◆

 時は少しさかのぼって夕暮れ時。
 鋏介はルビィが予告した『魔法の鏡』がある篤児邸に訪れました。
 そこで出迎えてくれたは、メイの父親であり対ルビィの陣頭指揮を執るパーキンス警部です。

「おう。待っていたぞ。名探偵。」

 警部はガタイがよく顔もそこそこにいい好漢であり、部下同僚からも強く慕われています。
 仕事のない時などは子煩悩を通り越してかなり親バカな表情を見せたりもしますが、今は仕事中だからかその一面は垣間見えません。

「名探偵なんてやめてください。僕なんてまだまだルビィすら捕まえられない半端者ですよ。」
「いや、そう卑下する事もないと思うぞ。ルビィ以外の事件ならば百発百中なのだしな。それにルビィを捕まえられないのは我々も同じだからな。」

 はっはっはっ。警部はそう言って豪快に笑ってみせました。
 おそらく警察が本気を出せばルビィを捕まえるのは難しくはないでしょう。
 ただ、ルビィの悪人をメインに狙うと点と、盗んだ物は秘密裏にではあるものの数日以内に持ち主の手元か警視庁危険TS物取扱係に届けられるという点で、より多くのTS被害を減らすのに非常に都合がいいため、半ばルビィを泳がせている面もあります。
 もちろん警察の面子という物もありますので75%ぐらいは本気を出してはいるのですけど。

「と、ではまず篤児氏に合わせてもらえますか?」
「ああ、わかった。」 

 鋏介がそう切り出すと警部もすぐに表情を切り替えます。
 そして、鋏介を伴い屋敷の中ほどにあるホールへと向かうのでした。
 程なくしてホールに着くとそこには一羽のウサギと、それを抱いた中年男性がいました。
 鋏介は、警部に紹介されるまでもなく、彼が篤児氏なのだろうと推測します。

「初めまして、白木鋏介です。探偵をさせてもらってます。えっと、あなたが篤児氏、篤児照義氏でよろしいですか?」
「あ、う、うむ。そうだか。」
「……。」

 鋏介はその反応に少し眉をひそめたものの、来る前に新から聞いた情報を思い出しました。
 そこで、少し探りを入れるため、何事もない体を装い言葉をつづけます。

「えっと、今回の件とはあまり関係ないんですが2、3点ばかり質問させていいですしょうか? もちろん答えにくいことならば答えなくても結構ですので。」

 探偵少年として名の通っている鋏介からの要望に、篤児氏一は瞬身をこわばらせたます。
 そして少し考え、それを了承しましたのでした。

「う、うむ。わかった。いいでしょう。」

 断ることで変に疑われるのを嫌がったのか、それとも他に思うところがあるのか、彼が何を思って了承したのかまでは鋏介にはわかりません。
 でも、篤児氏が何かを決意したのは鋏介にも見てとれました。

「まず1つ。先日、秘書の猫乃志保菜(ねこの しほな)さんの捜索願を出されてましたよね? その後の進展はなにかありましたか?」

 そうです。
 鋏介が新から聞いた情報とはこの事です。
 篤児氏専属の秘書である猫乃志保菜の失踪事件。
 そしてそれ以降、篤児氏にも何点かの変化が起きている事。
 それらを今回ルビィが『魔法の鏡』をターゲットにした理由と関係あるのではと、新が教えてくれたのです。

「残念ながら。」
「そうですか。いや、もしかしたら僕にも何かお手伝いできないかと思いましてね。」
「そういう事でしたか。でも、それはお気遣いだけで結構ですので。」

 篤児氏の目にはわずかに動揺の色が浮かび、そのことに鋏介は気づきました。
 ですが、そこを追及する事はなく鋏介は別の質問へと矛先を変えます。

「では、別の質問。そのウサギはどうなさったのですか? 確かこの前テレビのインタビューに答えてらしたときにはペットは飼っていないと仰っていた記憶があるのですが。」

 このウサギも篤児氏の変化の1つです。
 それまで飼ってすらいなかったウサギを、秘書が失踪した翌日から連れまわすようになったのです。
 篤児氏は、その質問にどう答えるかすこし迷っていたのですが、しばしの時を経てその重い口を開きます。

「猫乃がいなくなった日に、家に迷い込んで来てね。これもなにかの縁とうちで飼うことにしたんだ。」
「なるほど。確かにそのタイミングで出会うとは何かの縁かもしれませんね。もしかしたらそのウサギは猫乃さんの行先を知っているのかも。」
「ウサギはしゃべれませんからね。言ってることがわかればいいんですけど……」

 その言い方がどこか女性っぽかったのですが、鋏介はそれも気づかないふりをしてさらに話題を変更します。

「……。では、本題に戻りましょうか?」
「う、うむ。」

 篤児氏はあわてて取り繕います。

「例の『魔法の鏡』というのは、もしかしてあそこのケースの中に置いてあるのですか?」

 鋏介の視線の先には1つの透明なケースがありました。
 そのケースはホールの真ん中にぽつりと設置されており、周りに遮るものはなにもありませんでした。
 ある意味で盗りやすくある意味で警備しやすいともいえる配置です。

「うむ。見てみるかね?」
「ぜひ。」

 鋏介と篤児氏、そしてパーキンス警部の3人は『魔法の鏡』が収められているケースのもとへ向かいます。
 ケースが設置された場所は入口から見た目以上に離れており、如何にルビィとは言え、ホールに入ってすぐ一足飛びでそこにたどりつくのは難しいでしょう。
 鋏介たちがケースの前まで着くと、篤児氏はケースからコンパクトの形をしたそれ ―― 『魔法の鏡』を取り出しました。

「これがテクマ・ラミバスの鏡、通称『魔法の鏡』だ。」

 鋏介はそれを受け取り、まじまじと眺めます。
 それはフタの中央に赤くて丸い宝石を、そしてその周りにいくつかの星をあしらった一見どこにでもありそうなコンパクトでした。

「変身の呪文はアニメと同じなのでしたっけ?」

 鋏介のその問いかけに篤児氏は首を縦に振ります。

「なるほど。」

 しばらくそのコンパクトを眺めていた鋏介でしたが、それを篤児氏に返したのち、今度はケースのある位置から周りを見渡します。

「にしても、警備が手薄ではありませんか? まるで盗ってくださいと言ってるような……」
「そ、そうかね? 私は君たちを信用してるし、それにルビィから守るのは難しいと聞いてるからね。ならば、いっそやましいことがない証明に正々堂々としようと思ってね。も、もちろん、君たちに何か妙案があるのならそれに従うが。」

 何やら篤児氏なりの思惑があるのが鋏介には手に取るようにわかりました。
 おそらく篤児氏は、いまのよくない状況がルビィの助けによって解決するかもしれない、そう思っているのだと。

「いえ、結構です。このままで行きましょう。」

 篤児氏が言うには、出入り口は四方にあるものの実際に外へつながっているのは鋏介たちが入ってきた所だけ。
 ほかの出入り口は個別の部屋に繋がっているそうです。
 ですが、そこに警官を待機させていれば、窓から入られる心配もなく、いざという時にはルビィを包囲できるでしょう。
 そして上を見上げると、窓こそあるもののその位置は高く、そこから入ることはできたとしても出ることは難しいと言うのは容易に想像できました。

「この高さはルビィには無理だな。」

 気づけばパーキンス警部も上を見上げていました。
 彼もルビィの脱出経路について試案を巡らせているようです。

「ええ。ルビィ自慢のジャンプ力でも届きそうにありませんね。」

 ルビィは変装の名手であって変身の使い手ではありません。
 何に変装しようが身体能力が変わるわけではないですから、あの窓から逃げるのは不可能だということになります。
 もちろん、もしルビィが空を飛べるなら別問題ですが。

「なるほど。警備体制は大体想定できました。では警部に篤児氏。あちらで作戦会議としゃれ込みましょうか。」
「うむ。そうだな。」
「ええ。」

 そして3人はその場を後にするのでした。
 その時、鋏介が思い出したように篤児氏に訪ねたのです。

「あっ、そうそう。そのウサギ。もしかしてメスですか?」
「えぇ、そうだが。」
「やっぱりそうでしたか。」

 その質問の真意を知る者は、今ここには鋏介以外はいませんでした。

◆◇◆◇◆

 視点は移り、ルビィサイド。
 我らがルビィは篤児邸近くまで来たところで、ある意味天敵ともいえる少女メイ・パーキンスと対峙していました。
 なにせこのメイ・パーキンス。
 普通の推理はてんてダメ、周りから「迷探偵」と称される程ながら、ことルビィに関してはかなりの的中率を誇っているのです。
 まあ、そこに理論に基づく根拠が存在しないため、なかなか信じられずいつも当てずっぽう呼ばわりされるのですが。

「待っていたのです。ルビィ!」

 はぁ、とルビィは大きくため息を吐きます。そして

『また、お前かよ。せめて名乗りを挙げてからにしてくれよ。』

 そう返したつもりのルビィの口から出たのは

「また、あなたなの? せめて名乗りを挙げたあとにしてよね。」

 という言葉なのはお約束。

「なら、待っててあげるからさっさと名乗りを挙げるのです。」
「じゃあお言葉に甘えるけど。そこ、もう一歩下がっておいた方がいいわよ?」
「その手は桑名の焼きはまぐりなのです! そんな見え透いた罠に引っかかるほどメイはバカではないのです!」

 ルビィの言葉を何かの罠だと考えたのか、メイは頑なにその場を離れようと致しません。

「ふぅ。したかないわね。どうなっても知らないわよ?」

 そう言い捨てたルビィは手を高らかにあげ、指をパチンと鳴らしました。
 すると館を取り囲むように四方からドーン、ドーン、ドーンと大音響と共に花火が上がります。
 そしてルビィが今いる場所、メイのすぐ目の前からも花火が上がったのです。
 メイはその予想外の出来事に驚き、目を回して気絶してしまうのでした。

「あぁ、だから言ったのに。」

 ルビィはメイに駆け寄りその様子を伺います。

「よかった。怪我はないみたいね。……。そうだ、ちょうどいいし囮になって貰っちゃおうかな。」

強制交代  そしてその数秒後、その場には二人のルビィ ―― 倒れて目を回してる胸の大きなルビィと、立ってそれを見つめる胸のな……小さなルビィがいました。
 本物のルビィが、目を回したメイに変装を施し自分の偽物へと仕立て上げたのです。
 一方の胸の小さな方のルビィ、つまり本物のが、もう一方、気絶して倒れている偽物のルビィを見てつぶやきます。

「んー。む、胸でバレてしまうかもしれないけど、時間もったいないし仕方ないよね?」

 そう自分に言い聞かせルビィは、その場を去ることにしました。
 そして、去り際に一言

「じゃあね、ルビィちゃん。あとはよ・ろ・し・く・♪」

 そう言い残したルビィが軽く手を上下に振ると、そこにはもうルビィの姿はなく一人の警備員がいるだけとなっていました。
 もちろんその警備員はルビィの変装なのはいうまでもありませんよね?
 ルビィは偽ルビィから少し離れたところまで行くとふと思い出したかのように声を上げます。

「あっ、名乗りを上げるのを忘れてたかも……。」

 誤魔化すように少し頬をかくルビィ。
 すぐに手を高く上げて、指をパチンと鳴らします。
 そしていつものように高らかに宣言するのでした。

「さあ、今宵も怪盗ルビィの始まり始まりー♪ ってね。」

 その声はひそかに設置されたスピーカーを通し、館を囲む四方から篤児邸全域へと響き渡ります。
 そして案の定、少しののち他の警備員たちが自分を探しているのをルビィは見つけました。
 ルビィは大声で叫びます。

「おーい。こっちにルビィがいるぞ!」

 もちろんそれは攪乱のため。
 そして作戦通り、警備員たちは声を上げたのがルビィ本人だとは気づかず、まんまと偽ルビィのいる方向へ駆けて行ったのでした。

「とりあえずは上々ね。さてっと、次は本陣か。」

 すでにこの場にいたすべての警備員が偽ルビィの方に向かったのを確認し、本物のルビィはまた別の人物へと姿を変えるのでした。

◆◇◆◇◆

 しばらくの後、鋏介が待機しているホールに一人の少女が顔を覗かせました。

「なんだ、メイも来てたのか。」

 ゆっくりと近寄ってくる少女に声をかける鋏介ですが、そこには油断の色が見えません。

「実はそーなのです。」

 少女は答えます。

「で、本物はどこに?」

 鋏介は少女に尋ねます。

「近くの森の中でおねんね中なのです。もしかしたら警備員さんに保護されている頃かもなのです。って、もしかしてバレバレなのです?」
「もちろん。っていうか見ればわかるって。」

 見事に変装を看破されてしまった少女 ―― メイに変装したルビィ ―― は、キョトンとした表情を浮かべその場に立ち止まりました。

「えぇー、こんなに完璧にメイなのですよ? なんでわかったのです?」

 そう言ってメイ、いえ、ルビィはその場でぐるりと一回転してみせたのでした。

「いやいや、明らかに違いすぎるだろ。サイズが!」

 呆れ顔を見せる鋏介。

「あっ、やっぱりなのです? んー、やっぱりもうちょっと胸を盛った方がよかったかものです。」

 そのツッコミにメイ(ルビィ)はあっけらかんとそう返します。
 そして少し考えるフリをしてから、指をパチンと鳴らしました。

「じゃ、これくらいならどうなのです?」

 するとルビィ、胸以外はメイですが、の胸のサイズが一回り大きくなったではありませんか。
 まあ、AAAサイズがAAサイズに、数字で言うと2.5cm大きくなった程度なので見た目には分かりにくいのですが。

「ん? どこが変わたんだ?」

 さすがの名探偵もやはり気付いてない様子です。

「むぅ。じゃあ、これでどうなのです?」

 そう言ってメイ(ルビィ)が指を3回、パチパチパチンと鳴らすとメイ(ルビィ)の胸のサイズもそれに合わせてAAからAへ、そしてBを経てCにまで大きくなりました。
 鋏介はそこでやっとルビィの胸が大きくなっていることに気付いたのです。

「……何をやりたいのかだいたい予想はついたんだが、その前に1つ質問いいか?」
「どうぞなのです。」

 メイ(ルビィ)はそれに了承の返事を返します。

「いったいなにで膨らませてるんだ?」

 もちろんそれはメイ(ルビィ)の胸の事に他なりません。

「えっと、夢と希望ってことにしといたらダメなのです?」
「別にそれでもいいけど、少なくとも『涙』ではないんだな?」
「あぁ、そういうことなのです?」

 メイ(ルビィ)も鋏介が何を確認したいのか気付いたのでした。
 そう、鋏介が聞きたいのは今メイ(ルビィ)の胸を膨らませているのが『涙』、つまり催涙ガスの類かということでした。

「大丈夫。今日はマスク持ってきてないから、『涙』ではないのです。」
「そうか。じゃあ安心してお前の小芝居にノってやるよ。」
「ん、ありがとなのです。」

 ごほん。鋏介はわざとらしく咳払いをし、そして

「……確かに大きくはなったが、まだ小さいな。」

 棒読みに近い感じでしたが、内容が内容だからか鋏介の顔は少し赤くなっていました。

「ならこれでどうなのです?」

 指をパチリともう一鳴らし。
 すると胸もさらに一回り大きくCからDへと膨らみます。

「いや、まだ小さいだろ。本物はそんな程度じゃない。」
「むぅ。じゃあ、もう一回なのです。」

 さらにルビィは指を鳴らし、胸のサイズをDからEへと進化させます。

「んー。だんだん近づいてはいるんだけど、まだまだ小さい気がするなぁ。うん、小さい。」

 実際の所、メイの胸のサイズは現在のメイ(ルビィ)のサイズよりひとつ上、Fだったりするのですが鋏介はそんなこと露とも知りません。
 鋏介はただルビィが望んだシナリオ、言うなれば「蛙と牛」作戦に乗ってやっているだけ。
 だからこそ、その言葉もなおざりだったりするのですが、なぜかその一言がメイ(ルビィ)の琴線に触れてしまいました。

「……さっきから小さい小さいって、小さくって悪かったわねっ!」
「はいっ?!」

 突如キレたルビィに対応しきれず、鋏介は素っ頓狂な声を上げました。

「いいわ、巨乳好きの名探偵さんにすっごいの見せてあげるからっ!」
「いや、別に僕は巨乳好きなんかじゃ ―― 」

 鋏介は慌てて弁解しますが、その声はメイ(ルビィ)には届かず、その間にもメイ(ルビィ)は猛スピードで指を鳴らし続け、胸のサイズもEからF、G、H、I……と大きくなって行きました。
 そして大きくなり過ぎてサイズの判別も不可能になった頃、パーンという大きな破裂音と共にメイ(ルビィ)の胸は爆発し、中から発生した煙幕で辺りが包まれたのでした。
 鋏介は咄嗟に胸ポケットからホイッスルを取り出し、それを吹きます。
 この笛の音はルビィが現れた事を知らせる合図であり、周囲の部屋に潜んだ警官たちがホールへ入りルビィを包囲、逃げ道を防ぐという作戦の合図でもありました。
 直後、多くの警官が部屋へ入ってくる足音が聞こえ、煙の中においても包囲網が完成したのだと鋏介知るには十分でした。
 まだ煙の納まらぬ中、鋏介はルビィがいるであろう方向に向かって声をかけます。

「聞こえているんだろ? ルビィ。 まだ逃げる気はないだろうが、包囲させてもらった。」

 煙の向こう、『魔法の鏡』が収められたケースの辺りから気配がするもののルビィからの返答はありません。

「あと言っておくが、僕は巨乳好きなんかじゃ断じてない。あってもメイレベルまで。少なくともさっきのモンスター級のサイズなんかは問題外だ。」
「ふーん、そうなんだ……。」

 どこかほっとしたようなルビィの声。
 なぜ落ち着けたのか、それはルビィ自身も解りません。
 実はこの時ルビィは怒りのあまりそのまま去ろう思っていたのですが、その言葉で落ち着きを取り戻し、当初の予定を思い出したのでした。

「まあ、包囲されるのは想定内だけれどもね。」

 余裕綽々なルビィの声は薄れ行く煙の向こう、予想通りケースのある辺りからしました。
 そして煙がすべて晴れたとき、そこにはメイへの変装を解いたルビィが立っていたのでした。

◆◇◆◇◆

 のうのうと、コンパクト型のそれ、『魔法の鏡』を手にしたルビィは鋏介に向かって問いかけます。

「ねえ、探偵さん? 彼、本物だと思う?」
「彼……、篤児氏のことか?」
「やっぱり気付いてたんだ。じゃあ、本物の居場所も?」
「薄々はね。」
「さすが名探偵さん。じゃあ、連れて来てくれるかな?」

 そういうとルビィは手にした『鏡』をちらりと見せます。

「……任して大丈夫なんだろな?」
「うん。任しといて。」
「ならちょっと待ってろ。」

 そう言い残し、鋏介は篤児氏の前に歩み寄ります。

「篤児氏。いや、秘書の猫乃志保菜さん。そのウサギ、本物の篤児氏を連れてこちらに来てくれますか?」

 そう言われ篤児氏は軽く身を震わしました。

「大丈夫。あなたに悪意がないことはその篤児氏が証明してくれますよ。……これは僕の推測ですが、おそらくこうなのではありませんか?」

 そこで鋏介は一拍を置き、言葉を続けます。
「なにかの手違いでウサギになった篤児氏、それを見つけたあなたは元に戻そうとしてけどうまく行かなかった。だから、せめて影武者にと自分が篤児氏になる事にした。経済に多大な影響を与える篤児氏が行方不明になるより、一秘書である自分が行方不明になる方が問題が少ない。あなたはそう考えた。」

 またも一拍を置き、篤児氏を見やってから確認をします。

「……違いますか?」

 篤児氏はその推理を聞き、呆然としました。そしてはっと正気に戻り口を開きます。

「えっ、えっと。そ、その、その通りです。私、秘書の猫乃志保菜です。」

 ビンゴ。そう鋏介は小さくつぶやいたのでした。

「やはりそうでしたか。では、ちょっとこっちに来てもらえますか。そのウサギ、篤児氏と一緒に。おそらく元に戻れますよ。」
「はい。でも相手は、その、泥棒なんですよね? 大丈夫なんですか?」

 こうなることを少しは期待していたくせにと鋏介は思いましたが、それを言ってしまわない程度には空気を読める鋏介なのでありました。

「大丈夫です。あいつは、ルビィは泥棒ですが信用はできます。」
「はぁ」

 そしていまいち納得がいかない篤児氏、いや、猫乃を連れて鋏介がルビィの前に戻ってきました。

「2人いっぺんに行けるか?」
「たぶん大丈夫だろうけど、1人しかいな……って、もしかしてそのウサギが?!」
「あぁ。……もしかしてわかってなかったのか?」
「うっ。だって、推理は私の仕事じゃないし。」

 図星を衝かれ、ルビィはぶつぶつと言い訳をします。

「言い訳はいいから、とっととやってくれないか?」
「あぁ、ごめんごめん。」

 鋏介に急かされたルビイは先ほど盗んだコンパクトを取り出すとそのフタを軽くなでました。
 そしてフタについた丸い部分が赤から青へ色が変わったのを確認して、フタを開き1人と1羽の方へ鏡を向けます。
 そしてルビィはある呪文を唱えました。

「ラクリマラクリマ、元に戻れ!」

 そうルビィが唱えると、光からあふれ出た光が1人と1羽を捕らえ、ポフッという音と煙が発生しそれを覆いました。
 そして、すぐにその煙も晴れ、そこには篤児氏と猫乃と思われる1人の女性秘書が立っていたのです。

「なんで? 私が言ったときには何もおきなかったのに……」

 そう呟いたのは女性秘書・猫乃です。

「このコンパクトはね。フタのこの丸い部分がモード切替えのスイッチになってるの。赤が変身用、青が解除用ね。」

 だよね? とルビィから視線を送られた篤児氏はこくりとうなずきます。
 ルビィはそのやり取りを行いつつ、こんな風にと例を示すようにささっと今度は青から赤へと切替えました。

「では、この『魔法の鏡』。元に戻したお礼として確かに『借り』ていきますね?」

 篤児氏はそれに答え笑みを浮かべます。

「あぁ、構わんよ。なるべく来月の船上パーティまでには返してほしいところだがね。」
「了解しました。ではそのように。」

 慇懃に礼をするルビィ。
 そして、その一連のやり取りが終えるのを待ち構えていた鋏介が言い放ちました。

「貸し借りが成立したのは認める。が、どうやって逃げるつもりだ。ルビィ!」

 ルビィが辺りを見渡すとすでに多くの警官達に取り囲まれており、一見退路は防がれているように思えました。

「んー?」

 ルビィは少し考える素振りを見せると、すっと上を指差す。
「うえ、かな?」
「上?」

 鋏介はルビィを視界から外さないようにしつつも、指差された方を確認する。
 確かに窓は開いているが、その位置は高く常人離れしたルビィのジャンプ力をもってしても届くとは……。
 そこまで考え、鋏介は気付きます。今日ルビィが手に入れたもの。そして能力に。

「しまっ ―― 」

 咄嗟にルビィに向かって駆け出す鋏介だったが時は既に遅く、ルビィは既に自分の方へ鏡面を向け、呪文を唱えたのでした。


「ラクリマラクリマ ―― 天使になぁれ!」

 途端、ルビィは煙に包まれ、鋏介は慌ててそこに突っ込みます。そして鏡の効果で天使と化したルビィはその翼で上へと上昇しました。
 他の警官の手の届かない高さまで飛んだルビィでしたが、その足を掴んで離さない鋏介も一緒です。

「ちょっ、その手を……」

 離して、そう言いかけたルビィでしたが、あることに気付きすぐに言いよどんでしまいました。
 もし、この高さから落ちたとして、命に別状はないかもしれません。でも身体は無事ではすまない高さです。
 かと言って高度を下げると捕まってしまう……。

「だ、誰が離すものかっ!」

 そうとは気付かずか鋏介は必死にしがみついています。

「しょうがないか。じゃあ、もうちょっとだけ落ちないようにがんばってね?」

 そう言ってルビィは鋏介をぶら下げたまま外にでて、とある場所に向かうのでした。

「ん、ここなら大丈夫だよね……」

 そこは海。
 岸から2キロ程度はなれており船の行き来はありませんが、逆に暗い夜の海で船に轢かれることもありません。
 ここでなら落ちても怪我をしない。そうルビィは考え、鋏介をぶら下げたままここまで来たのです。
 ルビィは海面すれすれから少し高度を上げると、今度は鋏介を振り落としにかかりました。
 もちろんここまでくるまでにだいぶ体力を使ってしまった鋏介がそれに耐えられるはずもなく、なすすべもなく手を離してしまうのは明白でしょう。

「しまっ!」

 耐え切れなくなり手を離してしまった鋏介は、水しぶきを上げ海へと落ちてしまいます。
 あせる鋏介の傍、といっても手の届かない位置に陣取ったルビィは口元に人差し指を当て少し考えます。
 そして、おもむろに鋏介の方へ『魔法の鏡』を向けたのです。

「な、なにをする気だ!」

 それに焦る鋏介でしたが、海水を吸った衣服が重く逃げるそこから離れることすらままなりません。
 そんな鋏介を見てルビィはイタズラめいた笑顔でこう返すのでした。

「一応保険ね。溺死とかされると目覚めが悪いし。ラクリマラクリマ……」

◆◇◆◇◆

 夜の10時。
 家に帰った新の部屋の窓を叩く影がありました。

「おかえりなさい。ルビィちゃん。」

 新は窓を開け、そこにいた影 ―― ルビィ ―― を迎え入れました。

「ただいま。」

 笑顔で出迎えた新にルビィも笑顔で返します。

「で、首尾の方は?」
「上々。ってどうせ聞いてたんでしょ?」

 ルビィが胸元のブローチをトトンと叩いて見せると、

「まあそうですけど。」

 新も悪びれる様子も見せず言葉を返します。

「で、どう思います?」
「ん、これ?」

 そう言ってルビィは『魔法の鏡』を新に差し出しました。

「えぇ。」

 新はそれを受け取り、そっと机の上に置きます。

「たぶんハズレ。一応、天使に変身するとき男の天使を想像してたんだけど女だったし。」
「なるほど。現在の性別ではなく本来の性別の逆になるのかもしれませんね。なら、私にとってもハズレかもしれませんが、念のためちょっと調べさせてください。」
「ん、わかってる。あっ、でも篤児氏との約束が。」
「ですね。それに鋏介君もあのままじゃ学校にこれないでしょうし。」
「あっ、そっか。それもそうだな。」

 新にそう言われるまで鋏介の事をすっかり忘れていたルビィでしたが、しばらく鋏介に会えないのかと考え少し寂しく感じました。
「私は別に構いませんが、ルビィちゃんが寂しがりますしね。」
「だれが。」

 軽く受け流しましたものの、その内心はルビィ自身が気付いてない本音も含めて新にはバレバレなのでありました。

「まあ、早めに返せるようにしますよ。そう時間はかからないでしょうし。」
「ん。」

 ルビィは軽く返事をすると、それまで身に着けていたブローチを手早く外し、新に返します。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。」

 入ってきたときと同様、窓のヘリに足をかけ出て行こうとするルビィ、いえ、広夢に、新が声をかけます。

「あれ、今日はそのままで帰るんですか?」

 そうなのです。
 いつもなら広夢の姿に変装してから帰るのですが、今日の広夢はルビィの姿のまま去ろうとしていたので気になったのでした。

「あぁ。母さんがたまにはルビィの姿を見たいって聞かなくってさ。いちいち変装するのも面倒だしこのまま帰ろうかと。これぐらいの距離ならブローチなくても大丈夫だろうし。」
「なるほど。まあ、メイちゃんも篤児邸にいたみたいですし大丈夫とは思いますが、一応気をつけてくださいね?」
「ん、了解。」

 そう言い残してさっさと出て行った相方を見送り、新はポツリとつぶやきます。

「にしても、ルビィちゃんも胸のサイズを気にしてたんですね。これは面白いネタを手に入れました。」

 そのシーンを思い浮かべ、思わず笑みを浮かべる新なのでした。

◆◇◆◇◆

 翌朝、広夢が教室に入ると鋏介の席に見知らぬ少女が座っていました。
 広夢は一瞬誰かと思ったのですが、確かに残る面影と昨日の経緯からすぐにそれが鋏介であると思い至りました。
 ですが、それでも確認しなくてはいられませんでした。

「もしかして、鋏介か?」
「確かに僕だけど?」

 ツンと澄まして答えるその少女 ―― 鋏介でしたが、広夢には俄かに信じられませんでした。
 なぜなら自分 ―― ルビィが鋏介にかけた変身。
 その変身後の姿を確かめてはいませんでしたが、あの姿では学校にこれるはずではなかったのですから。

「な、なんで?」
「察してくれ。ルビィに負けてこの姿にされたんだよ。」
「い、いやそうじゃなくて。」
「ん? じゃあなんだ?」

 言いよどむ広夢に鋏介か問いかけます。

「きっと、なんでスカートをはいてるのか知りたいんじゃないでしょうか? ほら、鋏介君は女性化してもいつも男物を着てるじゃないですか?」

 もちろんここで口を挟んだのは新に他ありません。

「ああ、そういうことか。実はルビィに人魚にされてね。」

 その言葉に広夢は首を縦に動かします。
 確かに自分 ―― ルビィは鋏介を「人魚」に変身させた。
 それは波にさらわれて溺れ死んだりしないようにとの配慮だったのだけれども、人魚の尾びれでは学校に来ることはままならないはず。
 そう思っていたのです。

「まあ、幸い乾けば人間の脚になるタイプの人魚だったんでね。」

 そこで広夢にも合点がつきました。
 要するに尾びれが乾いて足になったから普通に学校に来ることができたという事だったのです。

「じゃあ、もしかしてこうすれば……」

 新はそう言いつつどこからか取り出したジョウロで鋏介の脚に水をかけたのです。
 するとどうでしょう。
 鋏介の脚は見る見るうちにウロコが現れ、一本にくっつき、魚の尾びれのようになったではありませんか。

「もちろんこうなる。だから、ズボンをはけなかったんだ。誰かが絶対こういうことすると思ったんでね。」
「ご明察。」

 新の言葉を鋏介が引き継ぎ、新が納得します。

「あと1つ気になってる事あるんですけど聞いてもいいですか? 篤児氏はなぜウサギなんかに身をやつしてたんでしょう?」
「毎度の事だが君はそんな情報をどこで仕入れてくるんだ?」
「まあ、それは企業秘密ですね。」
「はぁ。まあいいけど。篤児氏によるとね? ある宴会の余興でバニーガールに化けて客を脅かそうとしたそうだ。まず影武者に秘書の猫乃さんを立てて、ね。」
「ふむふむ。」
「で、その時に『可愛いウサギさんになれ』と言ってしまったらしい。」
「なるほど、それで本物のウサギになってしまったと。」
「そういうこと。」

「……。」
「ん? どうした、広夢。」

 見れば広夢はさっきから黙り込んで、鋏介の脚、いえ、尾びれをじっと見てます。

「いや、さっきから考えていたんだが……。いや、やっぱりいいや」
「なんだ。気になるじゃないか。いいから言ってくれ。」
「じゃあ、いうけどさ。お前、それ対策の為にズボンじゃなくスカートにしたって言ってたよな?」
「あぁ、そうだが?」
「じゃあ、下着もか。もしかしてノーパ ―― 「いうなっ!」

 鋏介の鉄拳がきれいに決まりその場で伸びる広夢なのでありました。

 めでたし、めでたし?



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